このような経験がある原だからこそ、生え抜きの気持ちがわかるはず、だった。実際、監督就任1年目の2002年には斉藤宣之や鈴木尚広など長嶋政権化でくすぶっていた若手を抜擢。ベテランの桑田真澄を復活させるなど絶妙な采配が功を奏し、見事日本一に輝いた。
「この年、巨人戦の視聴率が上向いた。優勝したこともあるが、生え抜き選手を上手く起用したことが大きく関係したと思います。原監督退任の翌2004年、小久保裕紀やタフィ・ローズなど他球団から来た選手ばかりの打線になると、視聴率は下落していった。優勝できなかったこともあるでしょうが、寄せ集めのチームより、自前で育てて勝つというドラマをファンは望んでいたとも捉えられる。
原監督の価値観を変えたのは、2度目の監督就任となった2006年でしょう。開幕ダッシュに成功したものの、交流戦で失速。8連敗を止めたかと思えば、10連敗。それをストップした直後に9連敗するなどチームの弱体化は明らかで、結果として4位に終わった。以降、生え抜きと移籍組関係なく、『実力至上主義』を打ち出し、『上手い選手はいらない。強い選手が欲しい』と口にするようになった」
原監督は翌2007年からの9年間で6度のリーグ優勝を果たした。そして、今年4年ぶりに巨人のユニフォームに袖を通すことになる。
「原監督の現役時代を知る往年の巨人ファンからすれば、生え抜きを育てながら計7年で4度優勝した藤田元司監督を原監督に重ねながら見ていた部分もあった。原監督就任1年目のキャッチフレーズだった“ジャイアンツ愛”という言葉を、ファンはこそばがゆく感じながらも、どこか嬉しい気持ちで聞いていたと思います。しかし、今の原監督から“ジャイアンツ愛”という言葉は聞かれなくなった」
勝負の世界は勝てば官軍、負ければ賊軍といわれる。しかし、プロ野球はエンターテイメントでもある。ファンは勝利を求める一方で、現在の原監督に“ジャイアンツ愛”も求めているのかもしれない。