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2019.08.15 07:00  週刊ポスト

『欽ちゃんのどこまでやるの!』は何が画期的だったのか

「100%男」の功績は?

 1週間のレギュラー番組の視聴率の合計が100%近かったことから、“100%男”の異名がついた萩本欽一。中でも最高視聴率42.0%を記録した『欽ちゃんのどこまでやるの!』(1976~1986年、テレビ朝日系)は、100人の観客を前にした公開収録が特徴だった。プロデューサーだった皇(すめらぎ)達也氏が振り返る。

「萩本さんはとにかく仕事が好きな人で、2日間みっちり稽古して本番に臨んでいました。今や稽古を重ねて作りあげるバラエティ番組なんて皆無ですから、隔世の感があります」

 萩本と真屋順子扮する夫婦が、舞台の茶の間で丁々発止のドタバタ劇で笑いの渦に巻き込んでいく。2人の子供役を演じた見栄晴や、のぞみ、かなえ、たまえの3姉妹「わらべ」は、番組の看板キャラクターとして全国的な人気を得た。

「当時よく質問されたのが『「欽どこ」って、何のジャンルなの?』。ホームドラマといえばホームドラマだし、ドキュメンタリーといえばドキュメンタリー。ワイドショーみたいですねという人もいました。私たちスタッフは、萩本さんと『これまで誰もやったことのない番組、ジャンルにとらわれずに誰もが楽しめる新しいエンターテインメントにしよう』と話していました」(皇氏)

◆欽ちゃんの鶴のひと声で決まった真屋順子の起用

 バラエティ番組に芸人以外の有名人が出演するのは今や当たり前だが、最初に始めたのは『欽どこ』だった。

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