「今まで誰にも言ったことがない話があります。私のオーディションの時の話です。ジャニーズの入所が高校2年生で、かなり遅い方なんですね。芸能界なんてまさかと思っていた時に、ジャニーズから1次審査合格の封筒が来たんです。《2次審査は○月○日○時から~~》と書いてあったけど、どうせ受からないだろって。
その時、ガソリンスタンドでバイトしてて、2次審査の当日もバイトしてて、でも、どこかで気になっていたんでしょうね。ズボンのポケットの中に合格通知を入れていました。ガソリンを入れながらバイトの先輩に、“こんなの来たんですけど。今から六本木は間に合いませんね”って。埼玉の片田舎からだから1時間半はかかります。そしたら先輩が“てめえ仕事してる場合か! 今すぐ行って来い”って言ってくれて。生まれて初めて六本木に行ったんです。
面接会場に着いた時はもう2時間近く遅刻していました。“すみません”と言いながら会場に入ると、ジャニーさんは私を無視して“はい、次は個別(面接)ね”って。で、個別面接でのジャニーさんの言葉は短かった。“高校2年生…YOU、おじさんだね。来週から来て”。それから私の芸能生活が始まりました。
デビューから10年が経ったある日、ジャニーさんからこう言われました。“YOUさ、あの時って計算だよね? オーディションの日、わざと遅刻したでしょ”って。否定したんだけど、“YOUの作戦だね。確かにぼくの目に留まった。だからYOUを取った”って。
そんなふうに思われていたなんて知らなかった。ジャニーさんは恩人です。あのまま地元で暮らしていたら、芸能人としての夢のような生活は送れなかった。私はその後、自分で夢の生活を壊した。それだけじゃない。恩人のジャニーさんにもあり得ないほど大きな迷惑をかけた。本当に自分に腹が立ちます…」
──ジャニーさんが倒れた時、連絡は入ったのですか?