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ラグビーW杯、日本開催を支えた「雅子さまの先輩」の遺志

W杯初戦は快勝した(撮影/藤岡雅樹)

「当時の日本は、1995年にW杯第3回大会でニュージーランドに145対17という記録的大敗を喫するなど、開催国にはほど遠い状況でした。しかし奥氏は、1996年に日本ラグビー協会の国際委員に就任し、大学の先輩でもある森喜朗元首相(82才)らに声をかけ、招致活動に情熱を注ぎました」(前出・スポーツ紙記者)

 しかし2003年11月、復興支援のためイラクに入っていた奥氏は、テロリストの襲撃を受け、志半ば、45才の若さで帰らぬ人となった。

 陛下は2004年2月の誕生日会見で「奥さんは私がオックスフォードに留学していた同じ時期にオックスフォードに留学しておられました」と触れられ、哀悼の意を表された。

 日本でのW杯開催が決まったのは、その5年後の2009年。奥氏の大学の後輩で、日本ラグビー協会副会長を務める清宮克幸氏(52才)は先日、テレビでこう話した。

《ぼくはずっと語っていきます。(中略)“なんで日本にワールドカップが来たか、知ってる? 奥克彦さんという人が言い出したんだよ”とね》

 雅子さまの先輩の遺志が、私たちに熱狂を届けてくれた。

※女性セブン2019年10月17日号

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