特殊詐欺アジトからの押収物。組織として“営業”していたことがわかる(時事通信フォト)

特殊詐欺アジトからの押収物。組織として“営業”していたことがわかる(時事通信フォト)

 実際の「仕事」は本当に簡単だった。スマホアプリで示される住所に赴き、指示された通りの名前を告げて金を受け取るだけ。少しでも疑われたり、住所近くを一度素通りして、怪しい男がいれば絶対に家を訪ねるな…言われるがままにやって、期間工の仕事が休みの土日祝日だけの稼働で、月に5~6万円を手にできた。期間工の給与が手取りで月に30万円。妻の病院代の借金を返し、家賃と生活費、そして子供の学資保険も支払うことができる。生活に光が見えた気になった。

「仕事を紹介してくれた男性も、元暴力団組員なんて期間工くらいしか働き口がないと言っていました。そんな中でのアルバイト。みんな生きるために必死、今だけ、せめて子供が成人するまで…と自分に言い聞かせながら」(秋本さん)

 秋本さんは、実は特殊詐欺の「かけ子」もしていたことがある。そこでは、息子と変わらないくらいの若者たちが懸命に「かけ子」の仕事を行なっている姿を目撃した。

「その日に設定されたマニュアルにそって、必死に受話器の向こうの高齢者を騙す。金を盗れなければ、給与もゼロ。盗れれば、1日で10万円もらえることもある。犯罪の現場ではあったのですが、とにかくみんなストイックにやっていました。私と二十代の若者で、タバコ休憩中に、どうすれば騙せるか真剣に議論したほど。一生懸命に”仕事”をしている気になった」(秋本さん)

 秋本さんによれば、その若者は沖縄県から上京してきた男性で、仕事をクビになり特殊詐欺に関わるようになったと話していた。こんな仕事(詐欺)、本当はやりたくないが生きていくためには仕方ないと声を潜め打ち明けられたこともあった。

「受け子で捕まる一ヶ月ほど前、私と同い年くらいの女性が受け子としてやってきたこともあった。どうしてこんな人が、と思いましたが、リストラにあい、遠いところに暮らす実家への仕送りのためにやっていると話していた。みんな同じだなと、生きるために必死だと感じました」(秋本さん)

 逮捕された後、秋本さんはやっと我に返った。自宅近くに住む元保護司の男性を警察に紹介され、生活を立て直す相談ができるようになり、今に至る。食うに困り、反社会的行為に手を染めてしまう可能性は誰にでもある。だがその時に、家族や親族以外に相談できる相手がいないか、相談する人、機関があることを知っているかで、犯罪の抑止力にもなりうると、今になって気が付いたのだと秋本さんは言う。

「ずっと一人で苦しんできたと思う人にとって、いつか誰か助けてくれるという希望は持ちづらいです。近しい親族がいなければなおさらでしょう。私は、過ちを犯した後に気がつきましたが、役所や警察に、恥も外聞も捨てて、生きていくために犯罪をしてしまうかもしれない、と相談するのも手なんです。善く生きないと、生きている意味はない」(秋本さん)

 秋本さんは、病気の家族に寄り添い、子供の進学希望を叶えるために懸命に働いた。特殊詐欺グループに加わってしまったが、息をするように詐欺をする人たちと秋本さんは根本的に違う。そして残念ながら、秋本さんのような詐欺逮捕者は今も増え続けている。生活が苦しくなった初期の段階で、真面目に貧困問題に取り組む専門家と出会うなどのチャンスがあれば、彼らは詐欺に関わることのない人生を歩めていただろう。

 収監中、親族に養子として迎えられた息子と連絡が取れるのは、年に一度か二度。思春期の、しかも大学入試まで間もない時に父親が逮捕されたということで、計り知れないショックを受けた息子は、今も秋本さんを軽蔑の目で見ているはずだという。大学進学できたらしいというぼんやりした進路しか教えてもらえず、「お前のためにやったんだ」と何度か言いそうになったが、やめた。人を騙すことが、息子が理由であってはならない。息子には何も関係ないのだ。

 生きるために何をするか、そして生きるからにはどう生きるべきか。秋本さんの言葉が、まさに犯罪に手を染めようとする必死な人々に届くことを祈るばかりだ。

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