◆滝口悠生氏(小説家)
・八千草薫(幼馴染みの美容師・千代役)第10作『男はつらいよ 寅次郎夢枕』(1972年、監督/山田洋次)
【あらすじ】寅次郎は柴又で再会した美しい幼馴染みの千代が離婚して独り身だと知り、有頂天に。だが、とらやに下宿中の大学の助教授も千代に惚れたことを知り、その思いを千代に伝える。すると、寅次郎からの告白と勘違いした千代は喜び、受け入れようとするが……。
父親が「男はつらいよ」が好きで、僕も子供の頃から一緒に見ていました。意識的に全作を繰り返し見始めたのは20歳頃から。寅さんに殉じたような渥美清の人生や、各作品が互いに響き合うシリーズ全体のあり方に興味を持ったんです。
魅力的なマドンナはたくさんいますが、特に好きなのは第10作の八千草薫。寅さんに憑依したかのような渥美清の演技が凄くエネルギッシュで、作品全体としてもとても好きな一作です。
八千草薫が演じる千代は寅さんと幼馴染みで、2人は互いに気安い仲です。マドンナには珍しく、さくらとも親しい。そういう関係性と、八千草薫の可愛らしい雰囲気がぴったり合うんですね。それまでのマドンナは高嶺の花というか、相対したときに少し緊張感がある人が多い。
一番好きなのは、千代の美容院で千代とさくらが寅さんの噂話をしているところへ、寅さんがやってくる場面。子供の頃、千代のおでこをラッキョウと呼んでいたことを受け、「何だい、この店は漬け物屋か。ラッキョが2つ揃って何の相談してるんだよ」「髪の毛なんかいじらないで、おでこ削ったらいいじゃねえか。以上」と、小学生みたいにからかい、立ち去ります。寅さんがこんな子供みたいなはしゃぎ方をできるのは、マドンナの中でも千代に対してだけで、からかわれた千代も嬉しそうです。