シリーズ全体を考えたときに大事なのは最後の場面。寅さんが、とらやに下宿し、千代に惚れている大学の先生の代わりにその思いを伝えると、千代は寅さんのプロポーズと勘違いし、受け入れます。しかし、千代の勘違いに気づいた寅さんは驚き、動揺し、逃げ腰になる。結果的に千代は寅さんに振られる形になったのですが、その理由ははっきりしません。
この場面でとにかく寅さんの恋は成立しないのがこの映画なのだ、と山田洋次監督は宣言したのではないでしょうか。シリーズの行方を決定づける重要な役割を果たしたのが、寅さんに振られる形を引き受けた八千草薫なんです。他の女優さんではきっとあの場面は成立しなかったと思います。
【たきぐち・ゆうしょう】小説家。1982年生まれ。著書に『男はつらいよ』に材を取った『愛と人生』(講談社)、名台詞を選んだ『いま、幸せかい? 「寅さん」からの言葉』(文春新書)。
※週刊ポスト2020年1月3・10日号