妻が長年の鬱憤を晴らすかのように家族3人を惨殺した猟奇殺人―そう見立てられてもいい事件だが、集落の家々を訪ね歩くと、村人は誰もが口を揃えてこう言うのだ。
「ここらで政子さんのことを悪く言う人は1人もおらん。本当に家族思いでええ人やったんや…」
いつも身なりを整えたパーマヘアの政子は、丁寧な言葉遣いの穏やかな性格だった。政子と親しかったという70代の女性が話す。
「あの人はうちの主人が死んだ時に、私の背中を撫でながら『奥さん、いつかは別れがくるんやし、一緒にお墓には行かれんのや。寂しいけど元気出してがんばってちょうだいね』ってね、よう慰めてくれたの。そんな人が、家族を殺して自分も死のうとするとするんか、今でも信じられん」
村人だけではない。家族にとっても、政子は「自慢の嫁」だった。義母の志のぶはことあるごとに、こうにこやかに話していたという。
「私らの面倒をよう見てくれて、ええ嫁さんに来てもろて感謝しとる。村いちばんの嫁や」
◆車に乗せるだけで10分もかかった
岸本家は、地元でもよく知られた建設会社を一族で経営している。社員はおよそ20人。自宅からほど近い国道沿いに本社を構える。
創業者の芳雄が会長、長男の太喜雄が社長だった。20代で大阪から嫁いで来たという政子は、夫を支えながら自らも経理として働き、2人の娘を育て上げている。娘たちが結婚して家を出たあと、芳雄、志のぶ、太喜雄、政子の4人暮らしが10年以上続いていたという。