目の前で困っている人を一人でも救うべく奔走する誠之助を〈かれは根っからのリアリストなんだよ〉と幸徳が評したように、その思想以前、宗教以前のあり様は、人間的と言う他ない。
「本来国家が当然行なうべき経済政策をアベノミクスと呼んだ途端、特定首相在任中の経済動向へと論点がズレるように、誠之助を“主義者”と呼ぶことで本来知られるべき実像が置きざりにされてしまうのは、あまりにももったいないことです」
誠之助や幸徳ら、既に他人とは思えない登場人物のうち12名までが処刑された事件の顛末もまた、法の言葉の曖昧さが恣意的に利用された一例といえる。
「私は殊更に政治的なことを書いているつもりはなく、言葉の選択や題材一つにも書き手の社会的態度は現れるし、作品の面白さに繋がる場合もあると思っています。井上ひさしさんの原爆を扱った一連の作品もそうでしょう。歴史なり社会に関して作家が自らの考えを表明することが、世界のどこかで今も誰かが殺され、飢えに苦しんでいる事実と直接繋がるかもしれない。小説というメディアはそうやってもっと自由に可能性を追求していいはずです」
言葉に希望を託すリアリストという点では著者も同様だ。
【プロフィール】やなぎ・こうじ/1967年三重県生まれ。神戸大学法学部卒。2001年『贋作「坊っちゃん」殺人事件』で朝日新人文学賞受賞。2009年『ジョーカー・ゲーム』で吉川英治文学新人賞と日本推理作家協会賞長編及び連作短編集部門をW受賞。陸軍中野学校を彷彿とさせる同作はその後「D機関シリーズ」としてベストセラーに。著書は他に『はじまりの島』『新世界』『トーキョー・プリズン』『漱石先生の事件簿 猫の巻』『象は忘れない』『風神雷神』『二度読んだ本を三度読む』等。177cm、65kg、A型。
■構成:橋本紀子 ■撮影:国府田利光
※週刊ポスト2020年2月14日号