そういったところは行き場を失った牛乳をどうするか、悩ましいところだろう。近くに加工できる施設があればいいが、そうでなければ安くはない輸送費をかけて遠方の加工工場まで持っていくか、最悪、牛乳を廃棄せねばならないことになる。乳というのは、母体の血液を材料として胎内で作られ、子に与えられるものだ。それを捨てるというのは、酪農家にとって最大の痛苦である。
また、加工に回せたとしても乳価の問題もある。酪農家が搾った牛乳は、飲用乳と加工乳では基本的に買い取り価格がかなり異なるのだ。同じ質と量の生乳を出荷したとしても、もともと飲用乳として買い取られていたものが加工乳としての扱いに変わると、かなり安くなってしまう(※飲用乳と加工乳とで品質に優劣があるわけではない。同じ生乳でも、需要によって買い取られる区分が変化するということだ)。
そして酪農郷といわれる別海町においても、大手はともかくとして、地域をブランド化している小さな工場は大変なことになっているという。新規就農を希望する人たちが学びながら働く研修牧場で生産された生乳を加工し、給食牛乳を含む飲用乳・チーズ・ヨーグルト・アイスクリームに加工して出荷している工場だ。地域一帯に卸している給食牛乳がキャンセルとなり、その分他の加工ラインがフル回転になっていると聞いた。故郷のことだけに、胸が痛む。
◆今に始まった困難ではない
さて、とりあえず実家は大丈夫だろう、とは思いつつ、私も少しは心配になり、家族に電話をかけてみた。
「うちはコロナの影響、ある?」
『別にない!』
ですよねー、と、母の力強い言葉に頷いた。事態が長引くと、自宅のチーズ工房で使うマスクの在庫が心配になる、ということぐらいだそうな。実にあっけらかんとたくましい。伊達に牛飼いの母ちゃんを半世紀以上やっていない。