今年7月、中国の大手ポータルサイト「百度」に「日本で『豆腐渣工程』がないのはどうしてだ」という記事が載ったばかりだ。中国のとんでもない工事は常に世界の笑い話として提供されている。『豆腐渣工程』とは豆腐のかす”おから”のことで、まさしく”かす”のような手抜き工事のことを指す。主因は技術不足、法整備の遅れだが、遠因には役人や仲介者に対する賄賂による中抜きがひどくて満足に現場に金が回らないという事情がある。前者はともかく、報じられる下請けの告発が正しいなら、後者は今回の緑橋の件とまるで同じ構図である。せっかく中国が「日本は凄い」と感心している記事なのに、その4ヶ月後にこれでは気恥ずかしい。
「こんな橋、どうせいっぱいあるよ」
自転車で通りかかった高齢男性がそう言って橋を振り返る。彼の予想通り、同じ元請けが工事をした中央道各所の橋にも疑惑があり、NEXCO中日本は再調査を始めた。手抜き工事の発覚は、今後さらに拡大する恐れがある。
小さな橋の話だが、日本全体のインフラが抱える問題が露呈した形だ。少子化と建設現場の人材不足、コロナ禍、そして中国と変わらない中抜きという名の「泥棒」によって日本中の建設業界に悪慣習が蔓延している。インフラの怠慢はローマの時代から国家の弱体化につながる。いや弱体化ゆえの怠慢か。日本は確実に衰えている。それでもオリンピックは強行するという。国民のためか、泥棒のためか。
緑橋はひびなどを応急補修した上で未設置鉄筋の再施工を実施するという。
「迂回は面倒だから通るけど、なんだか嫌ね」
冒頭の子育て中の女性の言葉、インフラに対する不信の積み重ねが社会を不安定にする。身近な日常だからこそ社会を不安に陥れる。老朽化を迎える道路や橋、ビルやマンション、公共施設 ―― いま全国の建設、インフラで起こっている問題は日本の国力の減退とともに、私たちの安全を脅かす存在になろうとしている。技術をもった現場の人手は足りないのに、中抜きの泥棒は減らない。後者がのさばる昭和的悪習を絶たねば、多くの市民の命を危険に晒すような中国レベルの事故が頻発する二流国に転落するだろう。
田舎の小さな話と侮るなかれ。国の破綻は、こんな小さな橋から始まる。
●ひの・ひゃくそう/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。2018年、評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。近刊『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)寄草。近著『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。