「そいつら下戸じゃないですかね、じつは妻も酒が飲めないんです。だから言うんですよ」
ものすごい決めつけだが、細井くんの奥さんがお酒を飲めないのは本当だ。確かに、お酒を飲めない人が全員というわけではないが、筆者の先輩でまったくお酒の飲めない60代男性は「飲み会なくなって助かってる」と喜んでいた。たとえば俳句では句会のあと飲み会になだれ込む場合がある。ガンガン飲む中で酒が飲めないというのは高齢の方々にしてみれば「酒も飲めないのか」だ。「酒が飲めないあいつは野暮だ」とか平気で言う老人もいる。
「それちょっとわかります。私も実家は熊本ですから」
そうか、細井くんは熊本だった。筆者も実父の実家は長崎、義理の両親は鹿児島出身だ。九州で酒の飲めない男に人権なんかないというのは極端かもしれないが事実だ。かつては仕事現場で酒を飲み、朝から酒を飲み、酒が飲める奴ほど偉かった。いまもそんなに変わらないことは鹿児島、妻の祖母が亡くなった数年前の大宴会で再認識した。注がれ続ける酒の量とそれを飲み干す連続はもはや格闘技だ。東京だってコロナ以前まで会社の多くは中高年管理職の音頭で酒まみれの大宴会が当たり前、いや、コロナ禍だって酒宴がバレて叩かれた政治家や官僚、タレント集団など記憶に新しい。命令無視、罰金上等で営業を続ける秋葉原の24時間居酒屋はスーツ姿のサラリーマンで大盛況だ。あれだけ客が来るなら痛くも痒くもない。
「だからこそ、酒を飲めない人からすればコロナで飲み会減って嬉しいんでしょうね。でも酒そのものが禁止なわけじゃないでしょう」
もちろん、あくまで休業「要請」であり、「自粛」のお願いだ。とりあえず罰金はあるが実効性は低い。ネオン消灯すら「協力」でしかない。日本は憲法上、過度の私権制限はできない。たとえばフランスのように夜7時から翌朝6時まで許可証のない者は外出禁止、県境移動も許可証のない者は禁止、生活必需品を除くすべての店舗・施設を閉鎖、なんてまず無理だ。そこまで望む日本人も多くはあるまい。ましてやそれでフランスがコロナを抑え込めているかといえば死者10万人を超えている。じつのところ、日本は世界でも人口当たりの感染者数や死亡者数だけ見れば主要7カ国(G7)で最少だ。誇ることではないが、事実は事実だ。
抑え込んでいる国といっても千葉県(628万人)より人口の少ないシンガポール(564万人)やニュージーランド(504万人)と比べるのはさすがに無茶だ。台湾ですら東京と神奈川をあわせた程度、数の問題ではないが真似のできない話であり、日本のような大国は大国なりの対策を模索するしかない。
「それなのに酒禁止って、こんどは酒かよって思いますよ。日野さんの去年の記事じゃないですけど、また悪者を作ってる」
筆者は昨年のちょうどこの時期、コロナウイルスの元凶のように喧伝されていたパチンコ店とパチンコ業界について度々取り上げた。結局、今日に至るまでクラスターなど発生していない。とみるやコロナ禍の社会の敵はライブハウスからパチンコ店へ、その後は夜の街となり、「GoToキャンペーン」と相まって旅行業界となった。そしていま、コロナの元凶は「酒」とされ始めている。
「でも自粛警察が怖いから、みんな尻込みしちゃいますよね、映画館なんか休む必要あるんですかね」