いつになったら治療が終わるのか、費用はどれくらいかかるのか
千璃さんが初めて手術を受けたのは、生後10か月のこと。本来、眼球は「見る」ことで成長し、眼球の成長に合わせて顔の骨格が形成されていくのだが、千璃さんには眼球がないため、放っておくと目の周囲の骨が収縮してしまい顔の骨の成長に支障をきたすことが懸念された。
それを防ぐには、「義眼」を装着する必要がある。従来の義眼手術では、義眼を入れるスペースを確保するため、まず拡張器を目の中(眼窩)に装着し、じわじわと幅を広げるのが主流だ。しかし、一般的な子供と比べて著しく身体的な成長が遅かった千璃さんは、拡張器での治療に思ったような効果が見られなかった。
そこで、当時、認可されたばかりだった最先端医療に挑むことを決意する。「エキスパンダブルコンフォーマー」という、体液を吸って膨らむボール状の器具を目の中に埋め込み、目の骨の成長を促進する治療法だ。
手術は全身麻酔から始まり、中に入れた器具が飛び出さないよう、両まぶたが黒い糸で縫い合わされた。術後、両目から血を流して泣き叫ぶ娘の姿を見たとき、美香さんの胸は締めつけられた。
「たとえ手術が成功しても、千璃は自分の顔を見ることはできません。手術の意味もわからず、ただ痛くて苦しい思いをさせているだけなのではないかと、さまざまな葛藤がありました」
まだ手探り状態であった最新医療の成功は、簡単な道のりではなかった。埋め込んだ器具は幾度となく目の中から飛び出し、たった2週間で再手術となることもあった。以降、千璃さんは義眼治療だけで約30回もの手術を受ける。
精神面、肉体面だけでなく、金銭的な負担も莫大なものだった。日本のように国民皆保険制度ではないアメリカは、医療費の保障を受けるには、個人で加入している保険会社と交渉する必要がある。その手続きは複雑そのもので、そのうえ、手術前には数十万~数百万円の前納金を病院に支払う必要がある。倉本家の家計は「自転車操業」そのものだった。
「いつになったら終わるのか、費用はどのくらいかかるのか、そもそも千璃の幸せは何なのか……。正解が見つからないまま、あらゆることが重くのしかかってきました。でも、やるしかない。この先があると信じて、前に進むしかありませんでした」