台湾でも翻訳され、国境を超えて多くの人々に読まれている
自分たちの夢や人生を、千璃が理由で諦めることはあってはならない
2020年、アメリカでの新型コロナウイルス感染拡大の猛威は、日本以上に深刻だった。千璃さんは、帰宅はおろか、学校での面会も禁止となり、パソコンの画面に映し出されるリモート面談だけがコミュニケーション手段となった。しかし、初めての試みはうまくいかない。
「目が見えない千璃にとって、声が聞こえることと、スキンシップは一体化しているんです。“ママの声がしたら、私の頬を触ってくれる”というふうにとらえている。リモート面談では、声は聞こえても触れることができないため、千璃には状況が理解できず、パニックになってしまいました」
アメリカではワクチン接種が進んでおり、千璃さんはすでに2度の接種を受けている。しかし、まだ帰宅は認可されていない。
「ようやく、学校で15分の直接面会が許されるようになりました。とはいえ、それも予約制なので頻繁に会えるわけではありません」
今年3月には、久々に家族6人で顔を合わせることができた。千璃さんが病院の健診を受ける前に、集まることがかなったのだ。
「アメリカでは法的に18才が成人の年齢です。今年の3月11日に千璃は18才になったのですが、成人すると保険や医療費の制度が細かく変わるため、そのまえに今後の治療方針を相談しようと、医師から提案があったのです」
健診の経過も良好で、コロナ禍の不自由さがまだ続くことを除けば、千璃さんをとりまく環境は何の心配もないように見える。しかし、千璃さんが成人したことは美香さんにとって新たな課題の始まりでもある。
「スクールの決まりで、21才になったら卒業しなければなりません。私たちはあと3年弱の間に、千璃の“この先”を決定する必要があります。同じ敷地内に大人用の施設もあるのですが、空きがないので望んでも入れません」
さらに、頭を悩ませるのが医療費の問題だ。アメリカでは、法的に扶養義務のある年齢までは親が加入している医療保険の対象となるが、それ以降は自立した1人の大人とみなされ、扶養には入れない。
「いったん障害者と認定されれば、半永久的に公的サービスを受けられる日本の『障害者手帳』のような支援制度はアメリカにありません。何もサポートがないわけではありませんが、情報を自力で探し出し、申請する必要があります。『千璃のこの先をどうしよう』と、最近は頭をよぎることが増え、闇を抜けても、第2、第3の闇が待ち構えているという状態です」
今年3月、美香さんは日本で出版した2冊の自著を英訳し、1冊に再編集した。本のタイトルにつけた『Born(e)』には、「不自由や障害を背負い、耐えたことで実りを得る(borne)よりも、すべての人がありのまま(born)受け入れられる社会になってほしい」という願いを込めた。
英語版を出した背景には、よりたくさんの人たちに千璃さんの物語を伝えたかったことはもちろん、千璃さんと最も近しい存在である3人の弟妹たちに読んでほしいという思いがあった。
「わが家の子供たちはアメリカで生まれ育ったので、日本語の読み書きがあまり得意ではないんです。日本語版もパラパラ見ていたようですが、内容をどこまで理解できているのかは微妙でした。英訳本を読んだ長男が、本を片手に声を殺して泣いている姿も見かけました。“わが家のストーリー”をようやく理解した彼らの意識も、新たな方向へ進んでいくのではないかと思います」
