死が忍び寄っていても、人間は食べる
──アルバイトを辞め半ば引きこもりになったり、自転車で日本中を回る……福島さんは葛藤し、長年、右往左往しながらも、やがて弁当の写真に戻ってきました。
福島:実はアルバイトは一度ならず、何度かやめているんです。でも、自分なりのリハビリを経ると戻ってしまう。単純に、居心地がよかったんです。店長さんも家族みたいに温かく接してくれるし、やっぱり仕事内容が好きだった。で、また写真を撮るようになりました。で、また同じことの繰り返し……。写真展を開くと、重苦しい空気が流れる。お客さんが涙を流す。ただ、ある時、友人が言った一言が、僕を180度変えるんです。
──福島さんを変えたひと言とは?
福島:「福島くんの写真は、自分の親の老後を想像したり、自分もいつかこうなるのかと想像して、すごく暗い気持ちにはなるんだけれど、それでも見続けると、『生』に切り替わる瞬間があるんだよね」と、友人がぼそっと言った。それで初めて気づきました。僕は、老人たちに忍び寄ってくる「死」を撮っていると自分で思っていたんだけど、本当に撮りたかったのは「生」だったんだと。死が忍び寄っているにもかかわらず、必死に生きようとしている人たち、過酷な状況でも食べて生きている人たちの姿や生命力に毎日感動していて、だから、この仕事が好きだったし、彼らの写真を撮りたかったんだと。そう自覚すると、写真が冷たいものから、エネルギーに満ちたものへと、少しずつ変わっていったんです。
──福島さんの写真が「死」から「生」へターンするのに、10年以上かかったんですね。
福島:本当に長かったですが、必要な時間でした。僕は行動や直感が先だつタイプで、面白そうな場所や、未知の世界に、ふと足を踏み入れてしまう。ずっと後になってから、言葉や理屈がついてくるんです。