「いまだにおれは寝るときに王さんから打たれたシーンが毎晩浮かんでいる」

「いまだにおれは寝るときに王さんから打たれたシーンが毎晩浮かんでいる」

 そこに加えて、巨人―阪神戦は熱狂させるに申し分のない大注目のカードだった。今から420年前、関ケ原の戦いで徳川家康の東軍と石田三成の西軍との合戦から東西のライバル意識が始まったんじゃないかなと思う。かつては巨人ファン、または阪神ファンが応援してるチームが負けると、ラジオをぶっ潰したり、お膳をひっくり返すとかしていた。娯楽が少ない時代だったから、そこまで心血注いで熱中できたんだよね。

流し打ちは一度もない

 入団した年は巨人がV3に向けて爆進中で、ONが全盛期に差し掛かっている時期。巨人には、王貞治よりも長嶋茂雄の存在が大きかった。ものが違うミスターがいたからこそ、王さんも「日本の王」から「世界の王」へと羽ばたくことができたと思う。だからこそ、オレは立ち向かってライバル意識を持った。

 ライバルって言うと、相手チームのイメージがあるけれど、おれにとってブチ(田淵幸一)もライバル。どっちがミスタータイガースの勲章をもらうのかという部分があって、おれが投げる、あいつが打つ。いい仕事をしたほうは必ず翌日の新聞一面に掲載される。おれが投げているとき、ブチも必死になっとった。チーム内で切磋琢磨するライバルだよね。

 自分がライバルでもあり、目標に定めていた人は村山さん。この人がいなかったら、おれはもっと違った野球人生を送っていた。今あるのは、あの人のおかげだから。阪神に入ったころ、村山さんの一挙一動を、グラウンドだけでなく私生活も注視していた。キャンプだとほぼ四六時中一緒にいるので村山さんがどういうふうに過ごすのか、どんな食べ方をするのか、と追いかけていたのを覚えてる。それぐらい目標やった。

 とてつもなく大きく、強く、眩しいもの。それが、ライバルなんだ。簡単に倒せるようなライバルじゃつまらんもんね。例えば、一試合で王さんと対戦して、3つ、4つ、三振を取った。一時の勝負で倒すことはできても、大事なところでガーンといかれる。

 いまだにおれは寝るときに王さんから打たれたシーンが毎晩浮かんでいる。

 並のバッターは、ピッチャーが投げる生きたボールをギューッと強振するバットに当ててパーンと弾く。でも王さんの場合はボールをバットに乗せていくんだ。そのときの光景はいまだに忘れられない。ボールがどんどん伸びている間、ブワーッと外野が追いかけていくわけ。その光景をおれは20回も見ているんだから。

 一人のピッチャーが一人のバッターに20本ホームランを打たれるっていうのは、打つほうも打つほうだけど、打たれるほうも打たれるほうだよね。868本のうちの20本はおれが貢献しているんだから(笑)。それだけ数多く勝負させてもらった、イコール、向かっていったという証。おれは精一杯勝負したんだという自負心と共に満足感もある。

 指先に乗ったときのボールは王さんも予測できないぐらいの勢いがあったから空振りに打ち取れた。ほかのバッターだと、ちょっと甘いところに入ってもヒットで済むところが、王さんはスタンドまで持っていくパーセンテージが高かった。

 そして、王さんの凄さをあらためて感じさせたのは、左方向には打球が行かない。つまり狙わないんだよね。当然、王シフトを敷いて右に寄る守備位置をして三遊間はがら空き。レフト前に打とうと思えば簡単に打てたと思う。でも、それを一切しなかった。自分の調子が良くて、王さんがもうひとつタイミングが合わないときでも、ミート中心のスイングをしたことは一度もなかった。やっぱり、凄いバッターだった。

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