4年近くが経ち、当時の出席者が再び、この会について話すようになったのは、麻耶による海老蔵への度重なる”口撃”が始まってからだ。
特に出席者たちが当時の様子を鮮明に思い出すきっかけになったのが、海老蔵が闘病中の麻央さんの病室に5秒といられなかった…という麻耶による告発である。
「麻耶さんの告発を聞いて、お別れ会のときの海老蔵さんを思い出しました。海老蔵さんは、心ここにあらずというか、終始、脇役のような顔をしていました。
海老蔵さんが最後の挨拶で語った麻央さんのエピソードの多くは、すでに報道で伝えられてきたもの。たとえば病院で麻央さんが告知を受けたときの話や、亡くなった日の翌日、会見を開いたときの話など。今思うと、“なぜその話を?”というものばかりでした」(出席した別の番組スタッフ)
海老蔵としては、友人たちに1つの区切りにしてほしいという思いもあって、家族である自分は前に出ないようにしていたのかもしれない。しかし、今回の一連の騒動をきっかけに、当時の海老蔵の様子を思い出し違和感を覚える関係者が少なくないという。
一方、麻耶が読み上げた麻央さんへの手紙は、集まった出席者の涙を誘うものだった。
「そちらは、どんなところですか? 今日はここにきているかなぁ」「闘病中で死と隣り合わせだったときも、人のことを思い、行動できた麻央ちゃんを心から尊敬しています」「亡くなった時刻は7時12分、私の誕生日だったね」「この1年、麻央ちゃんの宝物、麗禾ちゃんと勸玄くんにどれだけ救われたか。私しか知らない麻央ちゃんのこと、これからも、たくさん、たくさん、2人に伝えていくからね」などと麻央さんに語りかけたのだった。
「会場の多くの人が涙を浮かべながら、麻耶さんの思いに耳を傾けていました。いま、麻耶さんは夫に洗脳されていると言われていますが、振り返れば、彼女の麻央さんへの思いは、一周忌に行われたお別れ会のときと何も変わっていないように思います。
YouTubeなどで告発したという手法はともかく、麻耶や麻央さんを知る人からは“麻耶ちゃんの気持ちは痛いほどわかる”“麻央さんが浮かばれない”という声が出ています」(前出・別の番組スタッフ)
騒動はいつになったら収束するのか――麻央さんも家族同士のトラブルがこれ以上ドロ沼化することは望んでないはずだ。
多重交際時、B美さんと「思い出の家」からドライブデートへ向かった海老蔵(3月)
海老蔵のスポーツカーの助手席でも行われる
美容室、鍼灸院、サウナへも付き添うX氏と、市川海老蔵
恰幅も良い
高級外車に女性を乗せたり思い出の家に呼んだりした海老蔵についてX氏にも質問した(写真は3月)




