「幼い頃からピアノ一筋で音楽大学を出てピアノ講師をしていましたが、32才で出産してからは休業状態に。培ってきたスキルや実績が何も評価されず、『母親0才』として人生を再スタートさせられただけでなく、これまでの人生が否定されたようにも感じました」
愛知県在住のCさん(45才)は、こう心情を吐露する。
「子供が公園で転んでひざを擦りむいたら、義母から『母親が見てたのに』と冷たい目で見られ、中耳炎で病院に連れていったら『お母さん、子供の様子でわからなかったんですか?』と言われました。母親は何でも子供のことを知らないといけないの? 責められるたびに母親になったことを後悔していました」
産んでこそ一人前という呪縛
女性たちが「母親になったことの後悔」を口にしにくい現実について、『母性の抑圧と抵抗—ケアの倫理を通して考える戦略的母性主義』(晃洋書房)などの著者で、家族社会学者の元橋利恵さんはこう分析する。
「母親が男性と同じように仕事を持つことが当たり前となりつつある一方で、育児や介護の担い手として期待され、子供を育てる責任が母親に偏っている状況は変わっていません。
つまり多くの女性たちが母親になったことを後悔し、子育てを中断してしまっては、社会や家庭が根本から崩れてしまうと思われているのです。
そのため、女性は『本能的に母親になりたがっている』『家族のケアをしたがっている』という母性神話が浸透し、母親になりたがらないのは異常な事態として排除されてきた。出産直後に母親であることを拒否したり、違和感を示すと『産後うつ』と診断されるケースもあります」
後悔を「恥」と感じ、口を閉ざす母親も多い。
「結婚や出産は女性が希望して“駒を進める”ものだと思われています。後悔や泣き言を口にしても『自分が選んだのだから』と片付けられる傾向があるのです。さらに、後悔を言葉にしてわが子に伝えなくても、そのような考えを持つこと自体が子供自身を否定することになると感じ、本音を心の奥底にしまい込む人が多くいます」(元橋さん)
ドーナト氏は、母になりたいという「意志」はないが、母になることに「同意」する女性の気持ちに目を向けるべきだと主張する。
『母親になって後悔してる』に登場する女性たちの中には、明確な自分の意志で子供を持ったわけではないと語る人が複数いた。たとえば、こんな声がある。
《私は他のみんなと同じようになりたかったんです。それが正しいことだと思ったし、自分の結婚のためにも、私自身のためにも善いことだと思いました。実際にどうなるのかを知らなかったのです》
学校を卒業し、就職し、結婚して子供を産む。「子供を産んでこそ一人前」といった“圧力”を感じたと話す女性が一定数いるというのだ。