自分は子供を望んでいなかったのに、夫やその家族からの要求で出産したと語る人もいれば、出産経験のある母親や友人が、子供を持たない女性に対して無意識のうちに圧力をかけていることも珍しくない。年齢を重ねるにつれ、妊娠が難しくなったり、出産のリスクが高まることから、善意でアドバイスする人も少なくない。
「いま産まないと後悔する」「ひとりっ子だとかわいそう」などの言葉に聞き覚えのある人も多いだろう。
高校1年生の双子の男児の母で、家族に関するエッセイを手がけるエッセイスト・村井理子さんが語る。
「この本では家族を“会社”に見立て、『母親=優秀な従業員』と表現していた。そこに共感しました。振り返れば、受験や入学式、卒業式など、子供の重大イベントにいるのは父親じゃなくて母親ばかり。母親がいなければ家族という組織が機能しなくなるから、『後悔』を口に出すことを許さないのでしょう。だけど後悔することは人間が生きている証です。それさえも認めないのはおかしくないですか?
私も、4年前に体を壊したとき、自分の人生について考える機会があり、母親になったことで、もしかして自分は便利なだけの人間になってしまったのだろうかという考えが頭をもたげた。この人生を選んだのは正しかったのかと自問し涙があふれ、まったく縁のない土地にある小さな部屋に住む自分の未来をしばらく考えたこともあるんです」
子供を愛している
本書で特筆すべきなのは、母親であることの後悔を口にする女性が、同時に「子供を愛している」と語る点だ。
彼女たちは子供に食事や安心できる生活環境、充分な教育と愛情を与えている。
「素晴らしい子供を持てた」「わが子を抱きしめることが大好きです」と話す人もいる。
母親であることの違和感と、子供への愛情はまったく別のものなのだ。前出の元橋さんが解説する。
「女性たちが語っている後悔とは、重い責任を背負い続けることになった結果に対してだと考えられます。『子育てがしんどい』など母親としてネガティブな発言をすると、すぐに『子供がかわいくないの?』と結び付けられてしまうけど、決してそうではない。社会が母性本能というあいまいなものに頼り、ケアの負担を押し付けていることが認識されるべきでしょう。
また、育児の精神的・身体的な負担が母親だけにかからなくすることも必要です。男性がいま以上に子育てを担うことが当たり前の社会になれば、男女間の労働時間や賃金の差がなくなる。そうした社会は女性だけでなく、男性にとっても生きやすいと思います」
母親たちが心の奥底にしまってきた本当の気持ちを見直すことが、新しい社会をつくる一歩になるのかもしれない。
※女性セブン2022年6月16日号