「昔は手取りから日々の買い物や移動のたびに引かれる消費税とかもなかった。普通のサラリーマンが普通に暮らせたはずです」
年収400万円でも家庭を持ち、郊外に家を買い、子どもを大学や専門学校くらいには入れられた。ちなみに現在の日本の一世帯あたり可処分所得はOECD調査で19位(2020年)、昔はトップ10にいたこともあったのだが、それこそ「今や昔」である。
税金のために働いているようなもの
その場にいた中で、妻と子ども2人の4人家族である40代男性も話してくれた。仮にBさんとしよう、生活は決して楽ではないと語る。
「恥ずかしながら年収300万ちょっとといったところです。扶養内の妻がパートに出てプラス100万で400万ですね。その控除もいつまであるかわかりませんが」
経営状態が悪くボーナスは寸志程度、子供の将来を考えても苦しいとのこと。しかし夫婦で年収400万、ひと昔前の家庭ではそれほど珍しくなく、贅沢はできないが生活が苦しいというほどではなかったように思う。筆者の小中生時代の友人宅も、父親が町工場の工員や地場の店舗社員だとそんなものだったが、多くは子どもを育て、普通に定年した。いまやその配偶者控除にまで政府はメスを入れ始めた。定年制度すら、昔のそれとは違い始めている。
「私の父もそうでしたよ。でも同じような境遇なのに違うのです。高卒で定年までいた父と、いろいろあってこの仕事に落ち着いた私というのもありますが」
お父様は印刷会社の工員だったとのことだが、Bさんは専門学校を卒業してそれこそ「いろいろあって」家庭を築いた。これまで勤めた会社の多くは、とても長く続けられないようなブラック企業ばかりだったと言う。とくに1990年代後半はひどいものだったと。
「就職の恩恵はなかったですね。その後も会社を転々としました。何度も『無能からスタート』を経験しました」
筆者は『無能からスタート』とは何かと尋ねた。Bさん曰く、転職でそれまでとまったく別の仕事をする上で、それまでの仕事の経験や技術があっても別業種では「無能」扱いで「スタート」する羽目になることだという。若いうちはともかく、年をとるとそれは精神的にキツいと語る。
「だからいまの基本給が、新卒でずっと同じ会社に勤めてる人たちより少ないのは仕方ないとは思いますが、それでもまたあんな思いをするのはごめんです。だからこそ今の仕事にしがみつこうと思います。まさか50歳に近づいて年収300万にしがみつくとは思いませんでしたが」
そんなBさんもまた、ただでさえ少ない収入だというのに、使えるお金は確実に減っていると語る。