伊藤に越川の事件は父の犯行と思うか尋ねた。

「やってると思いますよ、悪いことはぜんぶ。ヤクザが子分に汚れ役をさせる世界なら。人が嫌がる役目を引き受ける性格でした。それは終生変わらず、だいぶ損をしてきた。高寅さんに父以外の腹心がいたなら、きっとその名を聞いているけど、そんな人もいなかったです。当時、父と仲がよかった人たちって、組織では大成しそうにないチンピラばかりなんです。それに戦争と特攻を知ってる父は、暴力や出入りが怖くなかったでしょうし。

 読売新聞の話は聞いてました。デビューした頃、帰宅して『今日、読売のインタビューだった』って話したら、『俺、読売嫌い』って言うのね。

『ヤクザだったときにインタビューされ、包み隠さずちゃんと答えたのに、あることないこと書かれた。あれから読売は読まない!』

 と説明してくれた。新聞記事を見つけて読んだら納得です」

 新聞記事から2日後、高寅は父が起こした『百番』経営者への殺人未遂、脅迫、傷害で逮捕された。

後編に続く

【プロフィール】
鈴木智彦(すずき・ともひこ)/1966年、北海道生まれ。フリーライター。日本大学芸術学部写真学科除籍。ヤクザ専門誌『実話時代』編集部に入社。『実話時代BULL』編集長を務めた後、フリーに。主な著書に『サカナとヤクザ』『ヤクザときどきピアノ』など。

伊藤比呂美(いとう・ひろみ)/1955年、東京生まれ。詩人、小説家。1978年、詩集『草木の空』でデビュー。1999年『ラニーニャ』で野間文芸新人賞、2006年『河原荒草』で高見順賞、2007年『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』で萩原朔太郎賞、翌年に紫式部文学賞など受賞多数。『良いおっぱい 悪いおっぱい』等、育児エッセイ分野も開拓した。

※週刊ポスト2023年7月21・28日号

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