1988年3月の雅子さまとご友人(写真/宮内庁提供)
平成の時代は災害で中止
7月29日午後、上皇ご夫妻は東京駅に降り立たれた。おふたりはゆっくりとした足取りで集まった人たちの前に姿を見せると、小さく手を振られたという。
「上皇ご夫妻は、5日間にわたる那須御用邸でのご静養からお戻りでした。今回は報道陣の取材機会も設けられず、完全におふたりでのご静養。自然豊かな環境のなかで、ひっそりと過ごされたそうです。
ただ、出発されたのは、東北豪雨が発生した25日でした。被害の状況が次々と明らかになり、死者も発表されるなか、美智子さまはどのようなお気持ちで静養されていたのか……」(前出・宮内庁関係者)
平成時代、上皇ご夫妻は噴火、地震、豪雨などの自然災害が発生するとその都度、予定されていたご静養を取りやめられてきた。御代がわり前の2018年7月にも、西日本豪雨発生につき、被災者らを案じられて那須御用邸でのご静養を取りやめられた。
「常に国民のことを第一に考え、寄り添われる上皇ご夫妻らしいご判断でした。
今回、東北豪雨を受けてのご静養取りやめという両陛下のご決断は一見、上皇ご夫妻のことを否定されたようにもとれますが、美智子さまはむしろ、おふたりのお考えを支持されるのではないでしょうか」(前出・皇室記者)
美智子さまが今回、平成時代のようにご静養中止という結論に至られなかったのは、両陛下への配慮という側面もあるだろう。御代がわり以降、美智子さまはあらゆる面で両陛下の決断を尊重され、また、ご自身が過度に目立ちすぎることのないよう注意深く過ごしてこられた。
「仮に上皇ご夫妻がご静養を取りやめられていた場合、大きな注目を集めることになったでしょう。タイミング的に、後から両陛下と愛子さまのご静養白紙が明らかになることになるので、“上皇ご夫妻の決断の影響で天皇ご一家のご静養も中止になったのか”というような臆測を呼ぶ可能性もありました。美智子さまは、両陛下のご判断を立てるために、予定変更に踏み切られなかったのでしょう。
もちろん美智子さまのお心は被災地にあったはずです。率先して動けないお立場になられたことを、もどかしく思われていたのではないでしょうか」(前出・宮内庁関係者)
美智子さまの思いを、雅子さまも、また、愛子さまも、受け継がれている。
※女性セブン2024年8月22・29日号