絶対必要な「統合のシンボル」

 この一挙はあまりにも評判が悪かった。たしかに、勝手に皇帝となろうとした袁世凱にくらべれば溥儀は正式な清国皇帝であったことは紛れも無い事実だが、それは決してこの行為を正当化しない。清は中華民国に正式に国を譲っているのである。だからこそ溥儀も一族も殺されなかった。そして、じゅうぶんな生活保障も得ている。そうした約束事をこの一挙はすべて反故にしたわけだ。倫理的にも許されることではない。

 結局、内外の支持を得た安徽派を率いた段祺瑞が北京を制圧し、溥儀は自ら退位を表明して張勲を罷免せざるを得なかった。「再興清朝」は、わずか十二日間で潰えた。

 さて、あなたはこの事件をご存じだっただろうか?

 たぶん、ご存じでは無かったろう。この事件は百科事典どころか前出の『国史大辞典』にも載っていない。中国史の事件だから載っていないのだと言えばそれまでだが、この事件が日本史に与えた大きな影響は、『逆説の日本史』シリーズの愛読者であればあるほど深く理解できるはずである。

 多くの日本人はこう思ったはずだ。「やはり支那はダメな国だ」と。たしかに「復辟」は中国人自身の手で阻止された。その点だけは評価できるが、朱子学に毒された国というのはどうしようも無いな、と日本人は思ったであろう。とくに重要なことは、韓国に対する評価である。

 西洋育ちの孫文や、国内でも民主化および西洋近代化路線を支持する人々が相当数いる中国はまだマシだが、そうした人間がほとんどいない韓国は朱子学の影響で隙あれば「昔に戻ろう」とするだろう。「古き良き昔」では無い。溥儀の復辟を実行した張勲がそうであったように、「昔」とは士農工商の身分差が厳格に守られ、女性の社会進出など夢にも考えられない、断髪する程度のことでも「野蛮」だと決めつけられて実行が許されない世界である。韓国を絶対そのような国に戻してはいけないと多くの日本人、そして少数だが韓国人の改革派も考えたであろう。

 絶対君主であった「高宗」が日本によって謀殺されたという噂が流れ、韓国人いや当時の朝鮮系日本人たちが「三・一独立運動」を起こすのは、この二年後である。「独立」と言えば聞こえはいいが、それは張勲のような人間が多数派である韓国にとっては、まさに「女性の社会進出など一切認めない」大韓帝国李王朝の再興になってしまう。だから、断腸の思いで高宗を退位させ近代化のために日韓併合を実現させた李完用は、「独立は時期尚早だ」と同胞を諭したのである。

 ちなみに、日本は高宗の息子や孫を深く取り込もうとした。もしも張勲のような朱子学的忠臣が朝鮮民族のなかに出現し彼らを皇帝として擁立しようとしたら、じつに厄介なことになるからだ。その「取り込み」工作については、いずれ述べよう。ここでは張勲復辟事件によって当時の日本政府がそうした思いをさらに深くしたはずだ、ということを覚えておいていただきたい。

 またこの事件は、もう一つ大きな影響を日本に与えた。慧眼な読者はお気づきかもしれない。影響を受けたのは日本陸軍である、と言えば有力なヒントになるだろう。

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