すみれ一覧/6ページ

【すみれ】に関するニュースを集めたページです。

前田敦子と広末涼子、谷原章介と石田純一は恋愛事情で共演NG?
前田敦子と広末涼子、谷原章介と石田純一は恋愛事情で共演NG?
 番組の改編時期となれば特にテレビ局が頭を悩ませるのが共演NGな芸能人の存在だ。NGに関しては局が自主的に作成した「リスト」があり、これをキャスティングにあたっての参考にしているという。NGケースの理由で多いのは過去の「恋愛事情」だ。 新たにリストアップされたのは、2009年に交際報道が出て以来、交際が続いていたと噂されていた新垣結衣(26)と三浦春馬(24)の2人だという。「どうやら最近になって破局したと聞きましたね。若い世代は交際も破局もあっという間なので把握するのもひと苦労です」 そうドラマスタッフはぼやくが、不倫絡みとなればなおさら気を遣う。「真木よう子(32)は2012年夏に常盤貴子(42)の夫・長塚圭史(39)との不倫交際が報じられて以来、2人のNGは業界の不文律です。俳優・佐藤健(25)にお姫様抱っこされている様子を写真誌に撮られた前田敦子(23)と、その後に佐藤とのお泊まり不倫愛を報じられた広末涼子(34)のブッキングも避けています」(同前) 意外なところでは、谷原章介(42)と石田純一(61)も“要注意”なのだとか。というのは谷原の結婚相手は石田純一の息子・いしだ壱成の元妻だから。「それでも石田純一の娘のすみれは谷原が司会をする『王様のブランチ』に出演したことがあります。局が勝手に気を遣っているだけで、谷原サイドは気にしていない」(放送作家)※週刊ポスト2015年3月27日号
2015.03.20 07:00
週刊ポスト
増加する2世タレント 才能があっても活躍できない複雑事情
増加する2世タレント 才能があっても活躍できない複雑事情
 近年の芸能界では、2世タレントの活躍が目立つようになっている。神田正輝と松田聖子の娘・神田沙也加や関根勤の娘・関根麻里、石田純一と松原千明の娘・すみれなどは、売れっ子として頻繁にメディアに露出している。芸能関係者が話す。「2世タレント自体がかなり増えているため、一見売れっ子ばかりのように思われますが、パッとしない2世も珍しくありません。言うまでもありませんが、2世タレントは親の名前を使って、デビューできるわけです。そこにばかり注目が集まると、『金持ちのくせに』というやっかみも買いがちです。タレントとしての実力は置いておいて、最初から奇異な目で見られてしまう。そのため、実力があってもブレイクに至らないケースも多く、かわいそうなところもあります」 2世タレントが受け入れられにくい理由は、もう一つあるという。「彼らは売れても売れなくても、そこまで生活には困らない。親が一生子供を養えるくらいの資産を充分に保持しているケースも多い。実際はどうであれ、世間はそういう目で見てしまう。 どんな親でも、子供にはどうしても甘くなります。口では『厳しく育てている』と言っても、本当に実行している人はほとんどいないでしょう。そのような“甘えの構造”が見え透いてしまうから、才能があるはずなのに、売れる2世タレントがなかなか出てこない。ハングリー精神に欠ける点は否めないですね」(同前) 2世タレントは年々増加し続け、芸能界の一大ジャンルにまで勢力を拡大している。テレビをつけても、2世タレントの出演しない日はない。一方で、以前と比べ、テレビの視聴率は下がり続けている。「かつて芸能界は、一発逆転のできる世界だった。幼少期、貧しい思いをした子供たちが夢を持って、歌手や役者、芸人として挑戦していったのです。それが今では、元からお金持ちである芸能人2世の寄せ集めのような世界になった。これでは、視聴者が芸能界に魅力を感じなくなって当然です。日本全体が裕福になり、極端に貧しい人があまりいなくなったため、芸能界の存在意義が変わりつつあることも事実でしょう」 それでも、世間は、“自分たちと同じような一般人が芸能人になったドラマ”に惹き付けられるという。「たとえば、1970年代や1980年代の“かつてのスターの今”を取り上げる『爆報!THEフライデー』(TBS系)は視聴率好調です。栄華を極めたスターが、現状では苦しんでいる姿も頻繁に取り上げられ、それでも必死に立ち上がろうと頑張る姿が共感を呼んでいるからでしょう。2世タレントには、そのような“振り幅”がないので、視聴者もあまり惹かれないのかもしれません」
2015.02.25 16:00
NEWSポストセブン
早見優 TV番組で英語喋ったら「生意気だ」と電話殺到の過去
早見優 TV番組で英語喋ったら「生意気だ」と電話殺到の過去
 アイドル黄金時代とされる1970~1980年代。帰国子女の元祖バイリンガルアイドルとして人気を博したのが早見優だった。本人が当時を振り返った。現在、TBS系『チューボーですよ!』で早見と同様のハワイ出身タレント・すみれが英語を喋ることについては、「素敵!」と称賛の的となっているようだが、当時の早見に関しては事情が異なったようだ。 * * * デビューした年は、お休みが1日だけだったんです。その日は所属事務所の創立記念日で、11月27日(笑い)。台風が来ていたのに、お友達と一緒に渋谷のゲームセンターでモグラ叩きに夢中になったことを覚えています。  でも、忙しさ以上に記憶に残っているのが、食べる時間がなかったこと。当時はまだテレビ局でお弁当が配られていなくて、コンビニもない時代。短い休憩時間にテレビ局近くのおそば屋さんに行くなんてまれでした。 そこでマネージャーさんが「取材時間を利用して食事しよう」と思いついて、取材場所に喫茶店を指定するようにしたんです。でも、私は質問に答えなければならないので食べる余裕なんて全くなし。隣でピラフを美味しそうに食べるマネージャーさんが恨めしかった(笑い)。 元祖バイリンガルアイドルとして英語番組の司会を務めさせていただいた一方で、嫌な思いをしたこともあります。『ザ・ベストテン』に出演した際、黒柳徹子さんから「あなた英語が上手でしょ。ちょっと話してみて」と促されて、ワンフレーズだけしゃべったんです。そしたら翌日、事務所に「生意気だ」なんて電話や手紙がたくさん届きました。 番組で通訳をやらされることもありました。ある歌番組では、司会の方がイギリスの歌手に向かって、「胸が大きいですね」といったことがあって……悩んだ挙げ句、「とてもスタイルがいいですね」と訳しました。 同期の82年組はたくさんいましたが、ライバル意識は皆無でした。たとえ、同期の中から新人賞に選ばれても「ふ~ん」と感じるだけ。当時も今も、石川秀美ちゃんとは一番仲がいいんです。■はやみ・ゆう/1966年9月2日生まれ。日本で生まれ、3~14歳をグアムやハワイで過ごす。1982年『急いで!初恋』で歌手デビュー。代表曲は『夏色のナンシー』など。元祖バイリンガルアイドルとして活躍した。1990年に上智大学卒業。1996年に結婚し、現在は2人の娘の母。2012年にデビュー30周年を迎え、2枚組ベスト盤CDボックス「Thank YU」を発売した。※週刊ポスト2015年2月27日号
2015.02.21 07:00
週刊ポスト
室内全体がまるで遊具。栃木の保育所「すみれチャイルド」に迫る
室内全体がまるで遊具。栃木の保育所「すみれチャイルド」に迫る
栃木県小山市にある保育所『すみれチャイルド』は、2014年に栃木県マロニエ建築賞・大賞を受賞した。室内全体が遊具のようなつくりとなっているというが、一体どんな保育所なのだろうか? 『すみれチャイルド』の設計・建築を行った『アトリエ慶野正司一級建築士事務所』の慶野氏に話を伺った。そもそも、『すみれチャイルド』はどのようなコンセプトで建てられたのでしょうか。「もともとは既存の保育園に3~5歳児の保育室を別棟で増築する計画で、“遊び場を保育室に使う”をコンセプトとしてスタートしました。遊び場に出掛けるのではなく、保育室自体を遊び空間とするものです」そのようなコンセプトが定まったきっかけは何だったのでしょう?「すみれチャイルドでは一貫して“人間力を育む保育”を理念としており、毎日楽しい出来事に出会うような施設づくりを望まれていました。子どもたちの体験を通して、体のもつ巧みな能力や、想像力・表現力などの豊かな感性の基礎づくりをしようというものです」では、園舎を設計する上で、重きを置いた点は何でしょう。「既存園舎の日照りや通風など良好な環境を確保しつつ、新園舎に求められていた広さを設けることです。道路側に車寄せを設け、そこに覆いかぶさるように傾斜した保育室を設けました」車寄せのうえに覆いかぶさった保育室の内部空間は、保育所となる下の広場から、傾斜する丘を登り上の広場へとつながる。更に折り返して坂道を抜けると、屋上の広場に登り切るという全体構成になっているそうだ。まるでアスレチックのようになっている。「また、安全性を保ちつつ園児の好奇心や期待感を刺激し、園のプログラムとしてのゾーン保育に対応する多様な場を設けたいと思いました。車寄せをつくったことで生まれた屋内の丘を利用して、登り、下り、掴んだり、踏ん張ったり、滑ったりなどの体を使う遊び場や、広場をつくりました」遊ぶ園児も受け入れる保育士も知恵と体力を使うことが求められ、決して楽な施設ではない。だが園児も保育士も目を輝かせて建物を楽しみながら過ごしているそうだ。すみれチャイルドのような園舎が増えれば、子どもたちの創造性や生きる力も育まれるに違いない。●取材協力アトリエ慶野正司一級建築事務所HP:http://www.at-keino.com/index.php
2015.01.26 23:30
SUUMOジャーナル
美味い札幌ラーメンを「命中」させる術 札幌出身作家が指南
美味い札幌ラーメンを「命中」させる術 札幌出身作家が指南
 年末年始に、旅行に出かける人も多いだろう。地元の美味いものはどうやって探せばいいのか。札幌出身の作家で人材コンサルタントの常見陽平氏がアドバイスする。 * * * 年末年始ですね。旅行に出かける人も多いことでしょう。ここでは、国内の観光地で美味しくて、リーズナブルな価格の店に出会う方法をお伝えしましょう。結論から言うならば、現地在住のビジネスパーソンに聞くのが一番です。「常見さん、札幌に行くんですよ。美味しい店と、オススメのお土産を教えてください」 北海道札幌市出身の私には、年中、友人・知人からこんな相談がきます。大好きな故郷、札幌のことを知ってもらうべく、もちろんその都度、ニーズを聞きつつ、一生懸命喜んでお答えするのですが、たまに、「申し訳ないな……」と思うことがあります。というのも、札幌には、今も出張や帰省で年に4回くらいは行っているものの、滞在期間は短いわけで。その時間を有効活用しようと考えるため、ついつい長年通っているお店に行ってしまうわけですよ。地元の人に連れて行ってもらうお店がたまにレパートリーに増えるくらいです。「常見さんが、好きなラーメン屋はどこですか?」とよく聞かれるわけですが、そのたびにご紹介するのは……。・福来軒(すすきの店)・来々軒(すすきのラーメン横丁)・天鳳(すすきのラーメン横丁)・寳龍(総本店 すすきの)・純連(札幌本店 澄川)・すみれ(札幌本店 中の島) くらいなわけです。最近、これに千寿という大通公園と札幌駅の中間くらいにある店が加わったくらいです。生まれた頃からずっと変わらないわけです。どうせ帰省するなら、新規開拓もいいのだけど、いつもの好きなものを食べたいと思ってしまうわけで。いや、これらのお店は、十分にご満足頂けると思いますよ。全国的にも知名度の高いお店なので、自慢できますし。 ただ、今年のはじめに頂いて読んだ『ラーメンをつくる人の物語』(HS)という、地元の出版社が出した本を読むと、札幌ラーメンも、えびスープだとか、塩味が売りの店だとか、新興のお店が盛り上がっているようなのですよ。全然、知りませんでした。 だから、「観光に行く際は、出身者にオススメを聞け」というのは、実は命中率が低いと思うのですよ。出身者、帰る頻度にもよりますが、たいていは知識が止まっていますから。これ、いかにも古い観光ガイドブックがすすめる内容とあまり変わらないと思うのですね。 観光ガイドブックの話が出ましたが、これとの付き合い方も要注意です。いかにも観光客向けのお店やメニューばっかり載っているものもあります。これまた、観光地となっている都市では、観光客くらいしか頼まないでメニューがあったりするわけですよね。札幌のラーメン屋で言うならば、カニやホタテが入っているラーメンなどを見ると、複雑な心境になります。これも北海道の名物ですし、値段も高いので、地元にお金を払ってもらって感謝するわけですが、札幌市民は、あれ、食べませんから。 一番のオススメは、現在、その地で働いているビジネスパーソンに聞くことです。彼らが普段、食べている地元の美味しいお店です。その時の流行も反映しつつ、地元の人が認める味を楽しめるわけで。地元民が並ぶ店などは最強なわけです。 他、やや大きめの都市だと、地元の人が買う観光ガイドブックというものがあり、これは比較的信用できます。札幌だと、地元の出版社が出すラーメンガイドなどがありますし、『北海道じゃらん』は、いまだに北海道でトップクラスに売れている情報誌だったりします。地元情報が満載です。現地でこれらの本を買うという手もありますよ。 というわけで、年末年始に旅行される方は、地元のビジネスパーソンと友達になって、観光客ではなく、現地の人に愛されるお店に行ってみてください。 この記事を書いていて、すっかり硬直化していることを反省する40歳でした。いや、まだまだ人生これからなので、トライを忘れずにいきたいと思います。よいお年を!
2014.12.28 16:00
NEWSポストセブン
【著者に訊け】片岡義男珠玉短篇集『短編を七つ、書いた順』
【著者に訊け】片岡義男珠玉短篇集『短編を七つ、書いた順』
【著者に訊け】片岡義男氏/『短編を七つ、書いた順』/幻戯書房/1900円+税 片岡義男は、写真も撮る。不勉強にもそう知った時、「なるほど。そうか」と、膝を打つ思いがしたものだ。片岡作品、特に短編では何気ないシーンの1つにも「時間」が映りこんでいる。現在、過去、そして未来をも鮮やかに喚起させるのは、それが文字によって切り取られた「写真」だからだ。 書き下ろし短編集『短編を七つ、書いた順』に改めてそんな思いを強くした。街角で偶然出くわしたバーテンダーと常連客がサンドイッチの店で昼食を取りながら〈自信のあるレイアはゴールド・コーストへいったね〉と彼女を想う「固茹で卵と短編小説」。近所の洋品店で〈花柄〉のシャツを買った女とその友人の話「花柄を脱がす」など、彼や彼女の日常を切り取った7編には有無を言わせない時間の流れが描かれている。時間が陰の主役と言ってもいい。 その片岡氏も今年、作家生活40周年を迎えた。1976年の『スローなブギにしてくれ』を始め、かつて作品を読み漁った世代には感慨深いものがあるが、そもそも氏にとって、時間とは?「時間はそこにあるものでしょ。例えば人と人の関係も、時間が経てば当然変化する。残酷であろうとなかろうと、二度と後戻りはできない現実の時間を、僕は言葉で作り直すわけです。切ないよね。ただ、その切なさに対して毅然とした人物を書く方が関係も進むし、物語も進む。仮にその関係が絶たれたとしても、続いていないという関係が続いているわけですから」 片岡作品とは男を書いているようで、女の物語でもあった。例えば彼らの目を借りて美しい人を描く時の、その視線と対象物の関係や、1977年の『彼のオートバイ、彼女の島』のように、並列された人と人、物と物の、決して1つにはなりえない対等で乾いた関係に、私たちは時に残酷に思えるほどの物理・摂理を学んだものだ。片岡流に言えば〈差し向かい〉の関係である。 そして今、とある都下の喫茶店で片岡氏と差し向かう。間に置かれた1杯のコーヒーを本書の登場人物もことのほか好み、カップを片手に愛用の〈モレスキンの手帳〉に何か書きこんだり短編の構想を練ったり、そうした一々が小説になる。「コーヒーっていいんですよ。テーブルの上の、さらに皿の上のカップにコーヒーが満ち、2杯目を頼めばお店の人が運んでもくれる。そこには物と物、人と人の関係や変化があるわけです。僕はよく言うんだけど、僕の中に物語はない。自分の中から絞り出さなくても、物語は自分の外に幾らでもあって、それを一定の技術をもって書けば小説になり、時間も流れ出すわけです」 例えば第1話「せっかくですもの」は主人公〈宮崎恵理子〉が、最寄駅にあるドトールのガラス越しに、駅を行き交う人々を見るともなく見ている場面で始まる。〈ふたりで差し向かいとなる小さなテーブルには、受け皿とそのコーヒー・カップの他に、パセリの袋がひとつ置いてあった〉〈ついさきほど、彼女はパセリひと袋だけの買い物をした。パセリひと袋の買い物は初めての体験だった〉〈夕食に作る予定の料理のひとつに、パセリのみじん切りが必要だった。パセリは冷蔵庫のなかにあったが、買ったのは三週間前であることを思い出したので、新たにパセリだけを買った〉 やがて店内を偶然訪れた父親と期せず始まる会話。父を駅へ見送り、帰宅した彼女が女友達に呼び出されて出かけたスペイン料理店での会話。どれもとりとめがないが、父親と同じ会計士の道に進むことを決め、まもなく実家を出て一人暮らしを始める30歳の彼女は、〈引っ越し荷物〉についてこんな名言を吐くのである。〈荷造りはほとんど出来た。部屋は打ち捨てられた日常そのものだよ〉〈もはや遠い思い出。あるかなきかの〉〈以前のままにしておく部分と、送り出す荷物とのふたつに分かれていて、そのどちらもが、ひどく切ない〉「引っ越す時は、まず引っ越ししようと決めるでしょ、荷物が多くて意外に時間がかかるでしょ。それをリアルに書いても面白くも何ともないんです。その現実を小説に作り直すには、荷物がほぼ出来た地点に始点を置く。すると荷物を見ている人の中でそこまでの時間とそれからの時間が去来して、ちょうどいいわけね」 と、簡単に氏は言うが、読む者には使われなかったパセリまでが打ち捨てられた日常に思え、行方が案じられてならない。料理されなかったパセリ、かつては語られなかった〈「なぜ抱いてくれなかったの」〉(第4話・表題)という女の一言等々、あるかなきかの存在を丸ごと肯定するような、片岡作品という写真である。「そう、ほどほどの肯定ですね。今の世の中や現実に対して否定から入るつもりはないし、過去を徒に懐かしんでも仕方ないでしょう。僕の弱点は暗い話が書けないこと。第4話なんて、一発ヒット曲があるだけの演歌デュオのその後という、今度こそどんづまりな話が書けそうだったのに、〈救いもなんにもない歌詞でさ。男と女が負けていくのよ、あらゆるものに〉と、歌った本人が明るく言う(笑い)。『なぜ抱いてくれなかったの』と言った女と再会した男の関係も、まだその先に物語は続くわけですから」 その他、洋食屋の帰り道、〈すみれ、タンポポ、れんげ草〉と、見事に飲み屋が3軒並んだ建物を見つけた2人の男が驚くべき体験をする「エリザベス・リードを追憶する」。3人の男と、かつて彼らが売り出した女性歌手の再会を描く「ある編集部からの手紙」など、日常が非日常へと昇華する瞬間を堪能できる1冊だ。「僕は下北沢の鈴なり横丁で面白いスナックの看板を見かけたり、仲間と飲んだ時にたまたま花柄のシャツを着た女性を誰かが褒めるのを聞いて『花柄を脱がす』を書いたり、小さなところに物語を見つけるからね。その小さな物語の蓄積が、40年前は1円玉の大きさとすれば、今は10円玉くらいになった気はする。40年と言ってもその程度の変化で、今後も500円玉になることは、おそらくないんです」 その間、私たちはといえば、片岡作品を彩る洒落た固有名詞やアメリカ文化にばかり目を奪われがちだった気もする。が、隣り合う過去・現在・未来のあらゆる瞬間を肯定するリアリストは、どんな関係も寛容に抱きとめるヒューマニストでもあったと今ならわかる。実に40年がかりの小さくも確かな、私たち読者の変化である。【著者プロフィール】片岡義男(かたおか・よしお):1939年東京生まれ。周防大島出身の祖父は元ハワイ移民で、父は日系二世。氏自身、疎開先の岩国で少年期を祖父と過ごす。早稲田大学在学中にコラム執筆や翻訳を始め、1974年「白い波の荒野へ」で小説デビュー。翌年発表の「スローなブギにしてくれ」で野性時代新人文学賞を受賞以来ヒット作を続々発表し、映画化作品多数。評論、エッセイ、写真家としても活躍。近著に『真夜中のセロリの茎』『ミッキーは谷中で六時三十分』等。(構成/橋本紀子)※週刊ポスト2014年7月11日号
2014.07.05 07:00
週刊ポスト
すみれ 早乙女友貴と結婚したら石田純一ファミリー一層隆盛に
すみれ 早乙女友貴と結婚したら石田純一ファミリー一層隆盛に
 早乙女太一の弟である早乙女友貴(18才・さおとめゆうき)との交際が報じられたすみれ(23才)。もし、この2人が結婚となれば、誰よりも嬉しくてたまらないのは、すみれの父・石田純一(60才)だろう。もちろん、父親として愛娘が結婚することは寂しさもあるだろうが、それ以上に友貴との結婚なら“芸能人・石田純一”としては大きなメリットがあるからだ。 バラエティーやCMにも引っ張りだこで、年間100本以上のイベントに出演するといわれる石田。「石田さんがこれだけ数々のイベントやバラエティーに呼ばれるのは、やはり“石田ファミリー”をウリにしているからですよ。特に2012年11月に妻・東尾理子さん(38才)との間に理汰郎くん(1才)が生まれてからは、それがさらに強くなりました。家族を前面に出して仕事を得るという“プライベート商法”は石田さんならではですよね」(メディア評論家・影山貴彦氏) 石田ファミリーには、理子、理汰郎くん、そして義父・東尾修(64才)という現在の家族にはじまり、すみれ、いしだ壱成(39才)という別れた妻の子供たち。そして、最近では、かつて泥沼離婚劇を繰り広げたすみれの母・松原千明(56才)とも和解した。 6月21日放送の『メレンゲの気持ち』(日本テレビ系)にすみれとともに出演した松原。ここに隣のスタジオで収録していたという石田が乱入。元夫婦と娘という仰天の3ショットを披露。しかも、お正月にハワイで一緒に焼き肉を食べたというエピソードまで明かして番組を盛り上げた。 2008年3月に公の場で松原がすみれとの母娘初ツーショットを披露した際には、報道陣から石田の質問が飛んだ瞬間に関係者からストップがかかるほど、ぎくしゃくした関係だったが、そんなことは微塵も感じさせない良好な関係に変わっていた。「今、一般社会において“家族愛”というのが、すごく希薄なんです。ですから、“家族愛”があり、スキャンダラスな要素も兼ね備えた石田ファミリーが世間にウケるんでしょうね」(前出・影山氏) 最近では壱成が一般女性との婚約を発表。またファミリーが増殖するわけだが、すみれと友貴が結婚した場合には、単にひとり増えるだけではない。前述した通り、友貴の兄は太一。そして彼の妻は西山茉希(28才)だ。彼女は昨年10月に長女も出産している。つまり、この3人まで“石田ファミリー”入りとなるわけ。もし実現すれば、ますます石田ファミリーは隆盛を極めそうだ。※女性セブン2014年7月17日号
2014.07.04 07:00
女性セブン
石田純一の娘・すみれ 新恋人は元恋人の親友で有名俳優の弟
石田純一の娘・すみれ 新恋人は元恋人の親友で有名俳優の弟
 石田純一(60才)とその前妻・松原千明(56才)の娘であるモデルのすみれ(23才)と、早乙女太一の弟で俳優の早乙女友貴(18才・さおとめゆうき)との熱愛が発覚した。 6月24日放送の『バイキング』(フジテレビ系)に母・松原千明(56才)とともにハワイの実家から生中継で出演したすみれ。その7時間前、ホノルル空港には友貴が降り立っていた。 友貴を迎えにきたのは、すみれの母・松原だった。友貴は挨拶を済ませると、トランクに荷物を詰め込み、車に乗り込む。そして松原と友貴が向かった先は、車で20分ほどのハワイカイにあるすみれの実家だった。 実はすみれには忘れることができない悲しい恋の過去があった。2012年11月に、かつて交際していたアクション俳優・玄也さん(享年23)が自殺をしたのだ。 元恋人の死に打ちひしがれるすみれを励ましたのが、新恋人・友貴だった。「亡くなった玄也くんと太一くん・友貴くん兄弟は古くからのつきあいで“親友”の間柄でした。特に玄也くんと友貴くんはふたりで舞台を見に行ったり、とにかくつるんでいましたね。すみれさんと玄也さんがつきあっているときには、3人で一緒にご飯を食べに行ったこともあったそうです」(舞台関係者) 友貴にしても、親友である玄也さんの死は堪えただろう。しかし、そんな悲しみを心の奥底にひた隠しながら、彼はすみれを支えたのだった。「友貴くんは普段から口数が少ない寡黙な男です。まだ18才なんですが、本当に大人びていて…。そんな彼だからこそ、すみれさんのつらい気持ちを理解して、ただひたすら彼女の話を聞いてあげたみたい。そして、最後に一言、“すみれのせいじゃないよ”と優しく声をかけてあげたそうです。彼女にとって、その言葉は本当に支えになったみたいで、次第に彼なしでは生きていけないほど、大きな存在になっていたそうです」(前出・舞台関係者)“元彼の親友”という“衝撃の男”を新しいパートナーに選んだすみれ。“悲しみ”から始まったふたりの恋だが、今ではすっかり立ち直り、前へと進んでいるようだ。「すみれさんは6月上旬からハワイへと帰省していたんですが、一方の友貴くんも6月はずっと舞台の公演があって、離ればなれでした。でも、友貴くんは“国際電話だから電話代が高くて困る”なんて嬉しそうに話していたそうです。そして舞台が千秋楽を迎えた翌日にハワイへと向かったんです」(前出・舞台関係者) 6月29日、ふたりは厳戒態勢のなか、成田空港に帰国。まず姿を見せたのはすみれ。マスクで顔を隠し、迎えの車の後部座席へと乗り込む。それから10分後、今度は友貴がゲートから出てくる。そして、先に彼女が乗った車の後部座席へと時間差で乗り込んだ。 ふたりを乗せた車は、都内にある友貴のマンションへ。翌朝には、すみれが、そこから新CM記者発表会の仕事へと出かける姿も確認している。「ここは友貴くんの実家で、彼のご両親も住んでいます。すみれさんは居候みたいな形で、ひとつ屋根の下で一緒に暮らしているんですよ。まだお互いに若いですから、すぐに結婚とかはないでしょうけど、いつ結婚してもおかしくないほど、ふたりは固い絆で結ばれているんです」(前出・舞台関係者)※女性セブン2014年7月17日号
2014.07.03 05:00
女性セブン
美智子さま 帽子デザイナー平田暁夫さんのお別れの会に参列
美智子さま 帽子デザイナー平田暁夫さんのお別れの会に参列
《皆様どうぞ楽しい服装でお越しくださいますよう。なお、帽子をかぶって頂ければ平田が喜ぶと思います》 3月19日に肺炎のため亡くなった帽子デザイナー・平田暁夫さん(享年89)を“笑顔で送る会”が、5月19日執り行われた。会の案内状には、そんな言葉が添えられていた。 祭壇には白い花々とともに、真っ白なハットが花に見立てられ飾られていた。大好きな帽子に囲まれ、笑顔を浮かべる平田さんの遺影を眺めながら、黒柳徹子(80才)や桂由美さん(82才)ら1000人を超える参列者が、平田さんとの最後の別れを惜しんだ。 その中に皇后・美智子さまのお姿もあった。美智子さまも案内状の通り、昨年、平田さんが作ったという黒いすみれがあしらわれた帽子をお召しになられていた。「美智子さまが一般人の葬儀やお別れの会、送る会などに参列されるのは極めて異例なことです。それだけに、美智子さまの平田さんへの強い感謝の思いが伝わってきました」(宮内庁関係者) 1925年、長野県飯田市に生まれた平田さんは、わずか14才で東京・銀座の帽子店で修業を始める。30才で独立すると、37才のときには高級帽子作りの腕を、さらに磨くため、フランス・パリに渡った。 3年間の修業を終え、帰国した平田さんは、その翌年(1966年)、美智子さまの洋服のデザイナーを務めていた芦田淳氏(83才)の紹介で美智子さまと出会う。「ファッション界の常識や流行に左右されることのない、日本の素材などを生かしたオリジナルなデザインでと、皇后さまのご意向は最初から一貫していました」 生前、平田さんは美智子さまからこんな要望を受けていたことを本誌に明かしていたが、美智子さまのデザインへのこだわりは細部にまで及んでいたという。「仮縫いした帽子をかぶられながら、皇后さまが“こんなお花をつけたらどうかしら”などとご提案なさるんです。 あるときには“少し小さくしてみようかしら”とおっしゃるので、3mmほど小さくすると、“ごめんなさい。やっぱり元に戻してください”と。帽子というのは、顔と同時に最初に目につくものでしょう。ですから、皇后さまと一緒に試行錯誤をしながら理想の形を追求したんです」(生前の平田さん) 海外からの賓客と会われる機会も多い美智子さまにとって、公の場で身につけられる帽子はイメージ作りのうえでも重要な役割を果たした。 皇太子妃時代の若かりし美智子さまは、つばの広いブルトン帽や頭をターバンのように覆うボネと呼ばれる帽子を好んでお召しになったが、皇后となられたあとは、小さくて平らな形の帽子を愛用された。「つばが大きいと、挨拶されるときに相手と距離を作ってしまう。頭をすっぽり覆ってしまうと、帽子を外されたあとに髪形を整える時間が必要になる。大きくては持ち運びにかさばってしょうがない。そういったことへの配慮から、今の形の帽子ができあがったんです」 生前、平田さんはこんなことを語っていたが、この言葉からは、美智子さまに尽くされるプロの職人としての思いが伝わってきた。一方の美智子さまも平田さんへの感謝の思いは尽きず、あるとき、「この帽子、平田さんとふたりで作ったのよ」という言葉をかけられたことがあった。思いがけない言葉に平田さんは涙を流したという。※女性セブン2014年6月5日号
2014.05.24 07:00
女性セブン
山本文郎さんの妻・由美子さん 夫が亡くなるまでの日々語る
山本文郎さんの妻・由美子さん 夫が亡くなるまでの日々語る
『こども音楽コンクール』(TBSラジオ系)や『モーニングEye』(TBS系)などの司会を務め、柔和な表情と話しぶりから“文さん”の愛称で親しまれた山本文郎さんが、2月26日午前2時6分、肺胞出血のため、79才で亡くなった。“生涯現役”を掲げ、TBSを定年退職したあともフリーアナウンサーとして活躍。2008年7月には、由美子さん(48才)と31才差での再婚もしている。亡くなる8日前の2月18日にも地方での仕事をこなし、病床でも今後のスケジュールを気にするなど、最期までその務めを全うしようとしていた。 2月20日の夜、銀座で石田純一(60才)の長女・すみれ(23才)のコンサートを楽しんだ文さんと由美子さん。帰宅後の深夜0時半頃、就寝しようとしたとき、突然、文さんが「胸が苦しい」と訴えたという。「コンサート前には、ビアホールで普段と変わらずビールや大好物のウインナーをたいらげていましたし、コンサート中も音楽に合わせて指揮者のまねをしてふざけてみたり。本当に、いつもと変わらない様子だったんです」(由美子さん) すぐにかかりつけの病院に行き、検査を受けたところ、結果は“肺の組織からの出血”。そのまま入院することになった。「そのときは、検査を受けているはずの主人はピンピンしていて、私のほうが寝不足でフラフラの状態でした。病室のベッドに私が横になって、彼がいすに座っていたほどです」(由美子さん) 翌日以降も、入院の知らせを受け、心配そうに駆けつけた友人たちが拍子抜けしてしまうほど、文さんの調子はいたって良好だった。亡くなる8時間ほど前の25日の夕方も、見舞いにきた親戚や友人の前で、元気な笑顔を見せていた。ゴルフ仲間の男性は、そのときの様子をこう語る。「呼吸器具をつけていましたが、ちゃんと会話はできていました。ベッドに腰かけて、クロスワードパズルをやっていて。“そんなことしてていいの?”と尋ねると、“もちろん、いいよ~”と。元気そうなので、ひと安心していたのですが…」 この日は、夜遅くまで見舞い客や親族が文さんを励まそうと訪れたため、病室はずっとにぎやかだった。 由美子さんと文さんがふたりになったのは、深夜0時すぎ。しかし、事態は一変する。由美子さんが「みんな帰ったよ」と伝えた途端、文さんが苦しみ始めた。「人前では、ずっと笑顔でしたから。みんなが帰ったことで、スイッチが切れたみたいに苦しみ出したんです。それでも意識はあって、“由美子だよ、わかる?”と聞いたら“うんうん”と頷いて。手を握って“そばにいるからね。愛してるよ”と声をかけ続けました」(由美子さん) だが、そんな由美子さんの懸命の呼びかけも虚しく、最後は眠ったのかと思うほど静かにスーッと息を引き取った。「先生に臨終を告げられると、すぐに“お疲れさまでした”と主人に頭を下げました。私は死んだのではなく、“引退”したんだと感じたので…。主人が逝ったのは2時6分でした。6チャンネル(TBS)で育った彼らしく、“6分”まで頑張ったんだと思うんです…。ですから…“あなた様は天晴れだ! すごい人だ!!”と声をかけたんです…」(由美子さん)※女性セブン2014年3月20日号
2014.03.07 07:00
女性セブン
堺正章にダメ出しのTBS枡田絵理奈アナ 番組卒業に贈る言葉
堺正章にダメ出しのTBS枡田絵理奈アナ 番組卒業に贈る言葉
 女子アナはテレビの華。が、誰にも番組を離れる瞬間はやってくる。作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が、気になる存在の“卒業”について綴る。 * * * 人気料理バラエティ番組『チューボーですよ!』(土曜午後11:30 TBS系)。アシスタントを務めてきたアナウンサー・枡田絵理奈さんは、11月16日(土)限りで番組を卒業。来週から石田純一氏の娘で女優・歌手のすみれさんにバトンタッチ。枡田さんのファンの私としては、とっても寂しい。「キョショー!」というあの甲高い声が、もう聞けなくなるなんて。 番組でMCをつとめるのは芸能界の大御所・堺正章。その“キョショー”に対して、「味が辛すぎませんか?」と直球で指摘する枡田さん。マチャアキ相手にここまで媚びず臆せず、ダメ出しができる局アナって、いったいどれくらいいるのでしょう? つっこむ枡田さんに対して、「あんた、あたしの母親か?」と怒り出すキョショー。そのあたりがこの番組の醍醐味。ちっとも嫌みじゃない。他のどの番組にも似ていない。不思議な空気が流れていました。 大御所・マチャアキすら楽しく上手に手のひらの上へのせて扱う枡田さん。この番組で「毒舌キャラ」を確立したとまで言われます。が、礼儀をおさえた上での毒舌ぶりというか。アナウンサーの型を持った上での、辛辣さというか。ふざけているようでふざけきらない、絶妙なバランス感覚というか。「キョショーが作った料理をただおいしいと褒めるだけではなくて、ある意味ドキュメンタリーであり、リアリティーを求める番組なので、キョショーの成功もうれしいし、失敗も失敗で素直に表せるようにしてきた」(「webザテレビジョン」11月13日)と枡田さんは番組を振り返って語っていました。 そのコメントから見えるのは、自らの率直な感想と番組のねらいに沿って盛り上げる戦術と、両方を駆使していたということ。だから、大物相手に辛辣なコメントをしても、生意気だったり出過ぎた感じがしなかった、ということではないでしょうか。 一方で枡田さんはプロ意識が高く、ゲストの紹介をする時は資料も見ずにカンペキに暗記。アナウンサーとしての型と矜恃とが垣間見えました。 そもそも「メディア」の語源は、ミディアム=中庸。メディアの中でも「アナウンサー」の役割は特に、物事を偏り無く伝える客観的な伝達者です。ところが、今のアナウンサーには、「サービス業」「楽しませる」という一面も期待されています。「客観性」と「娯楽性」。そのバランスがよいアナが人気を集める時代、と言っていいでしょう。 反対に、バランスが偏っている人、「私が私が」とやたら目立ちたがったり、媚びたり、崩しすぎのアナウンサーはウケが悪い。 恒例の「1200人アンケート『好きな女子アナ』『嫌いな女子アナ』2013秋」(週刊文春)の順位を眺めるとそう感じます。 ちなみに、「好きなアナウンサー」ランキングで、枡田さんは堂々3位に入りました。 では第1位は? 大江麻理子さん(テレビ東京)。彼女も、おふざけ番組も楽しんでこなす一方で、プロフェッショナルにニュースを伝える軸をしっかりと持つ人。番組を進行させていく力と、場を楽しませる力のバランスが問われているのでしょう。 1位に輝いた大江さんは、いよいよ来年4月から報道番組のメインキャスターに抜擢されました。小谷真生子さんとバトンタッチし、「ワールドビジネスサテライト」(毎日午後11時)を回すとか。 では、チューボーを卒業する枡田さんは? 次の活躍の場をいかに用意できるか。TBSの腕の見せどころでしょう。
2013.11.16 16:00
NEWSポストセブン
石田純一の娘・すみれが2世タレント界で勝ち組になれた理由
石田純一の娘・すみれが2世タレント界で勝ち組になれた理由
 明石家さんまと大竹しのぶの娘であるIMALU、関根勤の娘である関根麻里、井上陽水の娘である依布サラサ……昨今の芸能界は、それだけで1つの特番を作っても溢れてしまうほど、2世タレントが続々とデビューしている。 そのなかで、石田純一と松原千明の娘であるすみれは、“勝ち組”の1人といえるだろう。16歳でモデルデビューを果たし、現在では芸能人にとって最もおいしい仕事といわれるCM出演を複数獲得。イベントに呼ばれることも多数だ。 なぜ、すみれは並みいる2世タレントを押しのけて、メディア露出が多くなっているのだろうか? 芸能関係者は「父親の石田純一が『不倫は文化です』と発言したからですよ」と断言する。「不倫は文化」は、1996年に長谷川理恵との不倫を追及された石田が言い放った芸能史に残る発言だ。「あれ以来、石田は“トレンディ俳優”からプライベートを切り売りする“ワイドショータレント”になった。当初はイメージも急落したし、俳優としての仕事も減った。でも、結果的に金銭的には相当なプラスになっていますよ。 なぜなら、1回で多額のギャラをもらえる商品PRイベントの仕事が激増したからです。イベントを企画する広告代理店やPR会社は、いかに多くのマスコミを呼べるかを基準にタレントを選びます。また、テレビの情報番組等での露出時間が多いことを重視します。石田さんは、しょっちゅうプライベートの話題があるし、それでいてちゃんと答える。当然ながら、ワイドショーをはじめとした芸能マスコミは食い付きますよね」(芸能関係者) その効果が、娘・すみれにも及んでいるというのだ。「当然ながら、商品イメージに石田(純一)さんが合わない場合もあります。そこで、若い女性向けの商品であれば、石田さんの代わりにすみれさんが呼ばれるようになった。すみれさんを呼べば、父親のことを聞けるから、芸能ネタになる。 また、石田さんだとターゲットは主婦層に限られてましたが、すみれさんの美貌とスタイルがあれば、男性にも訴求できる。だから、彼女はイベントの仕事がものすごく多く、それをきっかけにテレビの仕事が入るという好循環になっているのです」(同前) 当時、誰もが首を捻った「不倫は文化です」発言だが、石田はその後の行動で、マイナスを見事プラスに転換。2世タレントブームのなか、娘を勝ち組にしてしまうほど、徹底したキャラ変換であった。
2013.05.22 16:00
NEWSポストセブン
人気急上昇小石田純一 長谷川理恵ネタを封印した理由語る
人気急上昇小石田純一 長谷川理恵ネタを封印した理由語る
 石田純一のモノマネネタで、現在、注目度急上昇中の芸人小石田純一(32才)。石田純一といえば、過去に長谷川理恵ら多くの女性と噂になったプレーボーイだが、小石田は10年間、彼女がいないとか。そのへんは本人とはあまり似てないようで…。だが、石田のネタをやる上でいろいろ苦労もあるらしい。最近ではモノマネネタが本人を怒らせるという騒動も起こっているが、小石田はどう考えているのか? ――小石田さんは、五十音を一文字言うとトレンディな言葉で返すというネタが話題ですよね。あれは即興で考えるんですか?小石田:いくつかストックがあるんです。だいたいひとつの音に対して平均3~4つはありますね。いちばん多いのが「あ」。浅野温子、浅野ゆう子、アン・ルイス、朝シャンなどなど。逆に少ないのが「る」。ルビー・モレノ、ルームサービスと返します。――微妙にトレンディじゃないものも含まれていますが。小石田:何言っているんですか! 朝シャン、おしゃれでトレンディじゃないですか。――ルビー・モレノ、何しているんですかね?小石田:それはぼくのネタにもあります。「ルビー・モレノ、おしゃれでトレンディな外国人タレント。今はどこに住んでるのかな」って。――五十音ネタで苦労することはないんですか?小石田:前にバラエティー番組で、濁音攻めの展開になって、うまく返せなかったんです。濁音はそう簡単には出てこないこともあるので、これから強化していかないと。――メディアへの露出が増えた分、生活も変わったんじゃないですか?小石田:ここ数週間、バイトに行けてないですね。5~6年ずっと大戸屋のキッチンで料理を作ってたんですよ。――大戸屋ですか。小石田:その前はオリジン弁当でした。お笑いやりながら、料理を作っていたんですが、どんどん料理のほうが楽しくなって。もうちょっとスキルを磨きたいと思って、大戸屋にしました。お笑いのスキルより料理のバイトのスキルを磨いていたんです。 大学時代は埼玉県の実家に住んでいたんですが、“ある日、オレ、一生実家で過ごして終わるのはどうなんだろう”と疑問を持ったんですよ。芸人になるなら経験値が必要だと思い、いきなり“ひとり暮らし始めるわ”って言って家を出ました。普段、腰が重いくせに思い立ったら自分でもびっくりするぐらい行動的になることがあるんですよ。――それでどうしたんですか?小石田:バイトばっかりしていたらから、バイト先では一目置かれるようになりましたよ。“並木さん(小石田の本名)がいれば今日は大丈夫”みたいな感じで。――じゃあ、今、大戸屋の人たちは困っているんじゃないですか。小石田:ははは。どうでしょうか。――モノマネ芸人として今年、いきなりブレイクした人にキンタロー。さんがいますが、気になりますか?小石田:あやかりたいですねー。――ライバルはいないんですか?小石田:ある意味、石田純一さんがライバルでもあるんです。もちろん尊敬の気持ちは大きいんですが、以前、バラエティー番組のオーディションでネタを見せたときに、ディレクターと放送作家の人に「小石田純一より石田純一のほうが面白い。石田さんはバラエティーにも出るし、それだったら石田さんを起用するよね」と。それを言われたときから、石田さんより面白くならないといけないなと思いました。――石田さんも自分のモノマネをしてくれてうれしいと公認してくれていますね。小石田:本当に光栄です。奥様の東尾理子さんも「モノマネって芸能界から忘れられても、その人が真似してくれることで、また呼び出してもらえる」とコメントしてくれていますし。ふところの深いやさしいご夫婦でますます惚れ込んでしまいました。ぼくも立派な石田ファミリーだな、と。――ご本人にはまだ会ってないんですよね。小石田:まだです。でもお嬢さんのすみれさんとは番組で共演しました。最初は似てないって言われていましたが、だんだん、「似てるかも」ということで、いろいろとアドバイスをもらいました。“笑ったら似ている”と言われたから、とりあえず笑っておこうと。――最近では市原隼人さんが自分のモノマネをした芸人さんに対して怒っていましたよね。本人を怒らせないために気を付けていることは?小石田:ぼくとしては愛情をこめてネタをやらさせていただいているんですが、過去に噂になった女性のことはやらないようにしています。以前は、「昔、よく遊んだ川は長谷川」っていうのがあったんですが、石田さんやご家族にも悪いし、噂になった女性にも失礼だから、そのネタは封印しました。――石田さんがライバルということですが、もし直接お会いすることがあったらどうしますか?小石田:自分自身がどういう状態になるか想像できないですね。小石田として接することができるか、素の並木の部分が出てくるのか。ぼく自身、石田さんのネタをやればやるほど愛情が深まってくるんですよ。石田さんって誰に聞いてもやさしいって言うんです。先輩芸人がゴルフのキャディのバイトをしているんですが、石田さんにつくことになって、めちゃくちゃ親切にしてもらったって感動していました。人としても本当に尊敬しているんです。もしも直接会うことができたら、五十音でどれだけトレンディな言葉で返せるか対決してみたいです。ただ石田さん手ごわそうだなー。頭もキレますからね。【小石田純一】1980年10月2日、埼玉県生まれ。石田純一に扮したネタで人気を博す。身長154cm。『芸人報道』(日本テレビ系)や『笑っていいとも!』(フジテレビ系)にも出演し話題に。毎月第一木曜日に渋谷シアターDにて開催される『ニュースタッフライブ』で石田純一漫談を披露している。
2013.05.05 07:00
NEWSポストセブン
石田純一長女すみれ 元恋人自殺に仕事できないほどショック
石田純一長女すみれ 元恋人自殺に仕事できないほどショック
 石田純一(58才)と前妻・松原千明(54才)との長女・すみれ(22才)の元恋人であるアクション俳優の玄也さん(享年23)が、11月22日に自宅で自殺していたところを発見された。第一発見者は、玄也さんの親友だった俳優・早乙女太一(21才)だった。 玄也さんは遺書のような手紙を遺しており、そこには誰にも打ち明けられなかった苦悩と、人生に絶望していく様が綴られていたという。「早乙女さんたちは、“もっと話してほしかった。もっと聞いてあげたかった。そうすれば救えたかもしれないのに…”と自分を責めているんです。こちらも見ていられないほど落ち込んでいますよ」(早乙女の知人) 玄也さんとすみれが破局したのは、9月ころのこと。別れて2か月経っていたすみれの元へも訃報は届いた。 その時すみれは、ハワイで仕事をしていたものの、あまりのショックにその場で泣き崩れてしまったという。ひとりでは行動できないほど落ち込みはひどく、母の松原に付き添ってもらい、ようやく飛行機に乗り込み、日本へ。変わり果てた玄也さんの元へと駆けつけた。 一度は深く愛し合った彼。別れてからも自分の仕事を応援してくれた彼。優しい彼の心の闇に、もしかしたら自分が気づけたかもしれない。すみれもまた、早乙女と同様、自分自身を責め続けたという。「石田さんも理子さんも、すみれさんに、なんて声をかければいいかわからず立ち尽くす思いでいるようです。この1か月、すみれさんはとても仕事ができる状態じゃなく、石田さんがすみれさんを励まし続けているそうです」(テレビ局関係者) 死後しばらくして、都内で玄也さんのお別れ会が営まれた。早乙女ら友人など100名以上の参列者の中には、すみれの姿もあった。彼女のほおにはただただ、涙がつたっていたという。玄也さんの母親を訪ねると、目を赤くしながら話し始めた。「私もまだ何も整理できてないですし…何もお話しすることもないですしね。芸能界のこととか全然わかりませんから、ノーコメントということにしてください」 ただ、玄也さんの自死に、すみれとの別れが関係しているのかどうか聞くと、言葉を選びながらこう答えた。「私には何もわからないし、本人にしかわからないこと。誰にもわからないでしょうし。もし何かあるとしても、私がいうことで相手のかたに迷惑かかっても悪いですし。それは一切お答えできないし、するべきじゃないと思うんです。まあ男と女、大人ですから…」※女性セブン2013年1月10・17日号
2012.12.26 07:00
女性セブン
石田純一長女すみれの元恋人が自殺 第一発見者は早乙女太一
石田純一長女すみれの元恋人が自殺 第一発見者は早乙女太一
 石田純一(58才)と前妻・松原千明(54才)との間の長女・すみれ(22才)は現在女優・モデルとして活動しているが、彼女の元恋人が、自殺していたことが明らかになった。 元恋人の男性はアクション俳優の玄也さん(享年23)。最近は劇団EXILEの舞台に出演するなど、舞台俳優として活躍の場を広げていた。 ふたりの出会いは2012年3月、すみれが早乙女太一(21才)の相手役に抜擢された舞台『GOEMON』での共演だった。「もともと早乙女さんと玄也さんは親友なんです。早乙女さんの弟も含めて、長いつきあいだと言っていました。彼女はハワイ育ちですから、初舞台で、しかも時代劇のヒロインという大役は、プレッシャーだったんですよね。それをそばで支えてくれたのが玄也さんだったんですよ。自然な流れで交際が始まったそうです」(舞台関係者) すみれは玄也さんを、実母の松原にも、父の石田にも、石田の再々婚相手の東尾理子(37才)にも紹介していたというが、ふたりは破局してしまう。「8月くらいからすれ違いが多くなっていったそうです」(芸能関係者) 当時、すみれは、9月に始まる山本耕史(36才)が演出を手がけた舞台のヒロインに抜擢され、朝から晩まで稽古に追われる日々だった。「別れはすみれさんのほうから切り出したそうです。でもお互い納得して別れたので、その後もいい友人関係だったみたいですよ」(前出・芸能関係者) そして、玄也さんの遺体が発見されたのは、11月22日の昼過ぎのことだった。その日朝から彼と連絡が取れないことを心配した早乙女が、友人とともに玄也さんの部屋を訪れた時には、すでに息を引き取った後だったという。実はその前日の夜、早乙女は友人たちと一緒に玄也さんと夕飯を食べている。その席で、こんなことがあったという。「玄也さんは、“明日、おれ、死ぬから。朝9時過ぎくらいに警察を呼んで欲しい”と言っていたそうなんですよね。でもお酒の席だし、誰だって嫌なことやつらいことがあったら“死にたい”とかっていうこともあるじゃないですか? その場にいた早乙女さんとか、誰もそれが玄也さんの本心とは思えなかったみたいで…」(早乙女の知人) この知人によると、早乙女たちは“もっと話して欲しかった。もっと聞いてあげたかった。そうすれば救えたかもしれないのに…”と自分を責めるなど、落ち込んでいるのだという。※女性セブン2013年1月10・17日号
2012.12.25 05:00
女性セブン

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