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2011.10.07 07:00  女性セブン

香川照之 「歌舞伎だけはやらない」と公言していた高校時代

 9月27日、市川猿之助(71)が二代目市川猿翁を襲名、“猿之助”の名跡は甥である市川亀治郎(35)が継ぐことが発表された。歌舞伎界にとってはビッグニュースなのだが、それ以上に世間の注目を集めたのは、その会見で猿之助の実の息子である香川照之(45)とその長男・政明くん(7)が親子揃って歌舞伎界入りを高らかに宣言したことだった。香川は九代目市川中車、さらに政明くんが五代目市川團子を襲名する。

 45才にして歌舞伎界に飛び込む香川照之だが、若かりしころは歌舞伎を避けて生きてきたという。話は、猿之助と香川の母である浜木綿子(75)の結婚までさかのぼる。

 1965年2月に結婚した猿之助と浜。同年12月には香川が誕生する。当時を知る歌舞伎関係者はこう話す。

「交際中から新婚当初は、猿之助さんは楽屋に浜さんの写真を持ってきては飾ったりして、本当にふたりは愛し合っていました」

 しかし、結婚から2年が経とうかというころ、猿之助は、浜とまだ1才だった香川を残して家を飛び出してしまう。後に妻となる、日本舞踊藤間流紫派家元・藤間紫さん(享年85)との“初恋”を貫くためだった。

 藤間さんは当時、人間国宝で、日舞藤間流六世宗家・藤間勘十郎さん(享年90)と結婚しており、2児の母親でもあった。そんな夫婦の元に猿之助が弟子入りしたのが、12才、小学6年生のときだった。猿之助のひと目惚れで、このときから憧れるようになる。彼にとって藤間さんは初恋の相手で、「将来は藤間さんと結婚したい」とまで公言していた。

 もちろん、師匠の妻との恋など許されるわけなどなく、その思いは捨てて浜と結婚したはずだったのに、結局、自分の気持ちに嘘をつくことができなかった。そして、その不倫愛を貫くために猿之助は妻と子を捨てた。

 1968年1月に猿之助と浜は正式に離婚。いうまでもなく、浜はそんな猿之助と夫を奪った藤間さんを許さなかった。

「浜さんは、幼い香川さんの前でも“あの女は絶対に許さない”と怒りを爆発させ、さらに“あなたは、あのふたり以上の大物になって、見返してやりなさい”といい続けて、香川さんを猿之助さんに決して会わせようとはしなかったんです」(当時を知る芸能関係者)

 藤間さんへの恨みのほどをあらわすこんなエピソードもある。

「浜さんの“藤間憎し”は、凄かったですよ。“紫禁止令”を出して、楽屋に紫色の物を置くのも、衣装に紫の色がはいっていることすら禁止だったほどですから」(浜の知人)

 そんな母の思いがわかるからこそ、香川も父の話題すら避けてきた。かつて香川の高校時代の恩師は本誌にこんなエピソードを明かしている。

「ぼくがたまに猿之助さんの話を出そうものなら、彼は“いや、もう先生、父親の話は…”といってさせてくれませんでした。それに“歌舞伎だけはやらない”と当時はいってましたね」

※女性セブン2011年10月20日号

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