「学問で大事なのは正しいかどうかより、わけのわからない現象をわかるように〈分類〉し、筋道を立てて整理すること。その分類の仕方や基準の設け方が学者の生命線で、僕には方言や辞書の見出しカードを黙々と分類していた春彦の姿がつい目に浮かぶんです。

 もっと言えば、凡人は誰もが驚く物事に驚き、天才は日常の中に驚きを見つける。例えば林檎は誰の前にも落ちていたのに、そこに引力の存在を見出したのがニュートンの天才なんです。そういう〈自然科学的〉な態度を春彦は持っていたし、とにかく事実が好きでした。

 僕は顔も体質も母親似で、生物学的にはあまり金田一の血を感じないんだけど…。日常的言葉遣いの中にどう不思議を発見するかという好奇心の方向性は、確かに遺伝かもしれない(笑い)」

 そして本書は後半、第二部「日本語三代」と題し、先代、先々代の仕事ぶりや家庭人としての顔を伝える。

 初代京助は明治15年盛岡生まれ。東京帝大卒業後、教師や辞書の編集等を経て帝大教授等を務め、同郷の石川啄木は大の親友。盛岡弁の熱く愛らしい語り口はファンも多かったが、アイヌ語の研究に没頭する余り、家計は常に火の車だった。

 印象深いのが〈アイヌの天才少女〉こと知里幸恵(ちりゆきえ)との交流だ。幸恵はユーカラ研究のため度々家を訪れていた京助を頼り上京、同家に住み込みで『アイヌ神謡集』の翻訳に心血を注ぐ。

 そして完成直後、弱冠19歳で急逝するのだが、彼女の日記がまた素晴らしい。そこには当時の一家の様子が生き生きと描かれ、幼い春彦が井戸に落ちた事件や京助の妻・静江と三越まで買物に行った話など、本書が引く一部を読むだけでも、その瑞々しい感性やアイヌとしての矜持が胸を打つ。

「まさに言葉は人そのものですよ。ただその彼女にして、アイヌの古い歌はローマ字で残せても、日記は日本語で書くしかなかった。それは相次ぐ迫害と差別の結果、アイヌ語が死んでしまったからで、生きた生活は生きた言葉でしか語れないということを、もう少し僕らは大事に考えないと。

 だから僕は若者言葉よりむしろ安倍首相の言葉の軽さに腹が立つ。言葉には机の上に本がある、といったような単に状況を説明する言葉と、私はこの本に心打たれたというような、それ自体が行為やその人を表わす言葉の二種類あって、特に政治家は言葉=政治なのに、彼は道具としか考えていない。だから実質や中身が何も伝わってこない。

 京助は〈大地の胸に湧くのは清水であるが、ことばは人間の胸に湧く清水であろう〉と書いた。言葉は民族や文化の全てですから、一国の首相がそれを自覚していないのは恥ずかしい!」

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