記者が訪れた日、達也さんは、夜10時半頃、買い物袋をさげて帰宅した。「話すことはないんですけど…」と突然の訪問に驚く達也さんだったが、記者が「体調はいかがですか?」と問いかけると、
「体調は大丈夫ですが、不安はずっとありますんでね。完治はせえへんのんちゃうかなって」などと言いながら、足を止めてポツリポツリと話し始めた。達也さんは、事件の少し前から、「ヤバイ妻」の行動に気づいていた。
「まず食事がね。おかしな食べもん食べさせられたりとかあったんでね。腐ったもんとか。ほんまにおいがおかしかったし、カビも生えたもん出されたりとか。最初は、まあ、そういうこともあるんかって思った。向こうも“そんなことないはずや”って言うとったし、朝作ったもんやからそんなにおいもするんかなって耐えたりもしてたんです。でも、あまりにひどかったんで、“お前の作るもんは食べられへん”って言うて、自分でお弁当を買うようにしてました。それが事件の半年前くらいですかね」(達也さん)
今回の犯行に使われた硫化水素は、塩素系の洗剤と硫黄を含む入浴剤を混ぜると発生する。かつて自殺目的での事件が相次いだこともあり、店頭での販売がなくなった。しかしインターネットなどではわりと簡単に手に入る。横浜薬科大学の篠塚達雄教授が説明する。
「硫化水素は極めて猛毒です。青酸カリと同じ働きで細胞の呼吸を止めてしまう。吸入した場合、低濃度では粘膜刺激症状が主体ですが、高濃度になると痙攣、昏睡、呼吸停止などの症状が出現します。治療では、48時間は観察が必要とされています」
かつてある温泉地で、親子4人が噴出した天然ガスを吸って死亡した事件もあった。ちなみに箱根・大涌谷に過去に設置されていた硫化水素感知判別表の看板には、ガス濃度がもっとも高いレベルの時に、【死亡します】と明記されていた。篠塚氏が続ける。
「高濃度の硫化水素を吸入すると一瞬にして死んでしまいます。風呂場や脱衣所のような狭い空間では、目張りをしなくても、濃度が高くなり、短時間で死に至る場合もあります。たとえ生命をとりとめても、脳細胞が破壊されている場合、後遺症として多発神経炎、言語運動機能障害、記憶喪失、視野狭窄などの症状が残る可能性もあるとされます」
しかし達也さんは、前述のとおり、事件後、体調不安を抱えながらも元の職場に復帰した。
「仕事の内容を変えたら生活できないんで。子供のこともありますしね」