インフラを整備することで地方都市を活性化させるという田中の手法は、ほかの政治家にも模倣されて、脈々と受け継がれていった。
特に道路や鉄道といった交通インフラは、過疎化する地方にとって地域活性化の起爆剤になると期待が大きかった。多くの政治家たちは”ミニ角栄”と化し、ミニ角栄によって利益誘導型の鉄道誘致や道路建設は進められた。
交通インフラを整備することで都市を発展させるという手法は、田中が編み出し、定着させたと思われがちだ。しかし、田中よりも早くから同様の手法で都市を発展させようとした政治家がいる。それが、姫路市発展の礎を築いた石見元秀だ。
石見は1946(昭和21)年に姫路市初の公選市長に当選。大空襲で荒廃した姫路市の再建を託された。現在、姫路市長を務める石見利勝は元秀の三男にあたる。そうした所以もあるだろうが、全国的には無名な存在の石見が、姫路市において誰もがその名を知るカリスマ的存在として現在も語り継がれている。