だがキム氏の顔を見ると、以前よりもまぶたが腫れぼったく、鼻が赤くなっているのがわかる。悲しんだ後の顔、泣きそうな気持ちをこらえている顔とは思えないだろうか? 鼻が赤くなったのがもし撮影ライトのせいなら、頬が先に赤くなるはずだ。

「殺された」と言った時、キム氏はほんの一瞬、かすかに両眉の内側の端だけが持ち上げ、視線を下に向けた。微妙であるが、これは悲しみの表情だ。この動画には、微妙な表情がいくつか出てくる。

 次に音声が削除されているが、キム氏は感謝を述べながら、頬笑みを見せる。ところがこの頬笑み、よく見るととても悲しそうだ。目を細めるかのように両頬を持ち上げているが、眉と目の間が開いて上まぶたが下がり、視線も下を向いている。要するに、のっぺりとした笑い顔なのだ。一瞬見せたこの表情も、実は悲しみを示すものである。

 さらに「殺された」から「感謝している」まで、一気に話している。ゆっくり間を開けて話すと、悲しみや怒り、憤りなどの感情が露わになってしまう可能性があったのではないだろうか。

 ところが、「状況が好転することを」と言う前は違っていた。「そして」と言った後、舌打ちをして、かすかに怒りの表情を見せたのだ。眉間がわずかに寄るが、眉毛は上がっていない。口元をまっすぐ結んでいるが、唇が薄くなる程度で、ごくわずかに顎に力が入った顔。

 表情のない顔にしか見えない、曖昧で見逃してしまうほどの微表情だが、心理学者のポール・エクマンが分類している顔の表情と照らし合わせると、抑えられた怒りか困惑、または決意のしるしではないかと思うのだ。

 エクマンはこの表情について、著書『顔は口ほどに嘘をつく』(河出書房新書)で、「問題が取り返しのつかなくなる前に警告する、怒りの初期段階の可能性」と示唆している。すでに怒りは初期段階ではないだろう。だが、メッセージと合わせてこの表情をとらえると、自分たち3人の未来が取り返しがつかなくなる前に、動画という手段で世界に配信し、北朝鮮に警告? 抵抗? したいという気持ちがあるだろうことは、充分理解できる。

 最後は笑顔で動画が終わる。キム氏はカメラをしっかりと見据え、口を閉じ、頬を持ち上げ笑って見せた。唇を真一文字に結んだままの笑顔は、本心や本当の感情を隠したい時に出てくる笑顔といわれている。本心も感情も隠したまま、カメラに向かったのだろう。

 未だ明確な出口の見えないこの事件。果たして、真相が解明されるのは、いったいいつになるのだろうか?

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