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2018.01.04 11:00  週刊ポスト

久米宏 「電信柱の実況中継」など駆け出し時代を振り返る

久米宏が駆け出し時代を振り返る(撮影/二石友希)

 テレビが政治を動かし、時代を動かす──そんな番組は、『ニュースステーション』(テレビ朝日系)以降ない。なぜそれほどの影響力を持ち得たのか、今のテレビとは何が違うのか。初の自伝『久米宏です。ニュースステーションはザ・ベストテンだった』を刊行した久米宏氏が、自身の半生を振り返りながら、「テレビ論」を語った。

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 アナウンサーになるなんて、全然考えていませんでした。大学(早稲田大学政治経済学部)では、勉強そっちのけで演劇ばかり。主にフランスの翻訳劇を、長塚京三さんや田中真紀子さんと一緒にやっていたんです。

 卒業後は演劇プロデューサーを目指そう、それがダメなら得意の英語を生かして外国人相手の観光ガイドをやろうと思っていました。ところが、4年の夏になると、友達が就職活動に忙しくなって、急に家に遊びにこなくなった。

 母親が「おまえの就職はどうなの?」って心配するから、アリバイづくりのために仕方なくTBSのアナウンサー試験を受けたら、たまたま受かっちゃった。

 深夜放送がブームになり、これまでのように高校では放送部、大学では放送研究会に入るような人間ではなく、ちょっと風変わりなヤツを放送局が求めていた、ということでしょう。

 ところがTBSに入ってしばらくすると、僕は重い胃腸炎を患ってしまった。狭いブースに入り、マイクロフォンの前で生放送で話すことに異常に緊張してしまったんです。ようやく復帰したと思ったら、今度は健康診断で肺に影があると言われた。肺結核です。青天の霹靂でした。

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