辻が敗因として挙げているものは他にもある。
〈さんざん言論を弾圧封鎖した後にはただ上級軍人の驕慢と低能なる官僚の独善とがあった〉と、軍幹部と官僚が無能であったと罵り、〈科学の水準低く工業力薄弱であったことである〉と科学振興の失敗を挙げ、〈食糧問題は敗戦の根本原因〉と農村軽視の政策を批判している。
こうした辻の指摘は、戦後時を置いて研究者たちが日本軍の敗因を分析したベストセラー『失敗の本質』の記述と重なる。作戦を立案した参謀自身が、はるかに先駆けて同様の分析をしていたということになる。
福井教授は、「こうした分析を辻は戦後間もない昭和21年に、中国に潜伏中という状況のなかで書いたということに驚きを禁じ得ません」と評価する。
だが一方で、陸軍参謀の立場にありながらあまりにも冷静な分析には、「当事者なのに無責任過ぎる」との批判もあるだろう。それでも、日本軍の中心人物は多くが終戦時に自決するか、戦犯として処刑されており、生き残った者もほとんど戦争について総括することなく鬼籍に入った。
そのなかで明らかになったこの手記が、「あの戦争はなぜ負けたか」を考える大きな手掛かりになることは間違いない。
なお、手記の全文は、7月末に再刊される辻の回顧録『潜行三千里 完全版』(毎日ワンズ刊)に収録される。
※週刊ポスト2019年8月2日号