令和の暴力団抗争は、ネットと無縁でいられない。逮捕された男の身元はすぐに判明し、愛知県江南市の朝比奈久徳容疑者(52歳)と報道された。六代目山口組傘下の二代目竹中組の幹部だったが、ネットにはすぐさま破門状がアップされ、「抗争ではなく、個人的怨恨だ」など、様々な情報が乱舞した。が、暴力団が滅多なことでは使わぬ自動小銃で躊躇なく暴力団幹部を殺害しておいて、「私的な恨みから殺した」という説明が通用するとは思えない。
古川総裁は、六代目山口組が狙うには格好の人物といえた。
「彼はもともと六代目山口組でも総本部当番責任者や組織委員などを務めていた。山口組が分裂した際には動かなかったが、その年(2015年)の年末になって神戸山口組入りしたことも、マスコミにさんざん取り上げられた。神戸山口組が再分裂し任侠山口組が旗揚げした時は、古川組が二つに割れたのですが、マスコミのインタビューに応じてその顛末を話すなど、とにかく目立った存在だった」(実話誌記者)
古川総裁は暴力団社会から引退したがっていたらしく、神戸山口組幹部から「もう少し待ってほしい」と慰留されていたという。ボディガードも連れず、親族が経営する焼き肉店に頻繁に出入りしており、狙うのも容易だったろう。ヒットマンからすれば、これほど殺りやすいプラチナ(山口組直参を示す代紋バッジが白金製のためにこう呼ばれる)はいない。分裂した神戸側とはいえ、抗争や内部闘争で山口組の直参が殺害されたのは、1997年に新神戸オリエンタルホテルでナンバー2の宅見勝・五代目山口組若頭が銃殺されて以来である。
分裂抗争の“キーマン”とされる高山清司・六代目山口組若頭が出所してから、九州や北海道で六代目山口組による神戸山口組への傷害事件が立て続けに起きている。司令塔が復帰した六代目山口組は暴力的衝突を辞さず、強硬姿勢を崩していない。関西の暴力団は12月13日に事始式を行ない、一般社会に先んじて新年を祝うが、式典にも緊張感が漂うだろう。
隣人が殺されてようやく、幹部・組員の心に抗争への焦燥感と恐怖心が芽生え始める。その恐怖心は、市民にも伝播し始めた。山口組の分裂抗争は、日本中を震撼させる。
※週刊ポスト2019年12月13日号