さすが大森寿美男さんのオリジナル脚本だけに、そうした仕掛けは「歌」だけに留まりません。例えば約60年前に大ベストセラーとなった書籍『にあんちゃん』(安本末子著)が、母に捨てられた息子の手にある。気付いた視聴者は、本の世界とドラマの筋の両方を重ねあわせ、涙する……。複数の「扉」がドラマの中に仕込まれ、それぞれの「扉」の奥にまたドラマが存在しているので、噛みしめるほどに味わい深い作品となっています。
と、「昭和」のアイテムが上手に使われているドラマですが、その一方、基調となるBGMはジャズ(音楽担当:河野伸)。探偵事務所にはぴったりです。セリフはムダをそぎ落としハードボイルド調で、時にはウイットに富んでいてシャレも効いて、辛気くさくない。「死ぬことと生きること」というテーマ性から、やや湿ったタッチになるのかと思いきや、むしろ死を突き放していてドライで爽快です。
上白石萌歌の挿し歌が素晴らしい。悩み苦しむ探偵・江口洋介に味わいがある。看護師を演じる志尊淳が透明で、謎めいた老女を演じる倍賞美智子が凄みを見せる──全て違う登場人物たち、それぞれが孤独を抱えつつ、どこかで共振しあっていて、哀しくていとおしい人間の姿が見えてきます。
そして大切なシーンでは、歌がすうっと「祈りの言葉」となって胸に沁みていく。コロナ禍の時代、ドラマは祈りにも通じるのだ、と合点しました。たった5回で終わってしまうのがもったいない秀作です。