尾崎汽船の労使争議に立ち会った山口登(前列右から4人目、昭和7年。写真/共同通信社)

尾崎汽船の労使争議に立ち会った山口登(前列右から4人目、昭和7年。写真/共同通信社)

次に生き別れの弟がヤクザ

 次にヤクザが登場するのは、生き別れになった弟のヨシヲと千代が再会したシーン(第12週)だった。胸に刺青を彫り、神戸のヤクザの若衆になっていたヨシヲは、「神戸のオヤジ」に頼まれ、道頓堀の劇場数か所に放火しようとしていた。再会時に仕事を訊かれ「不動産」と返事したので博徒ではない。神戸の新興ヤクザといえば、日本最大の暴力団である山口組であってもおかしくないが、当時、神戸の裏社会は群雄割拠で、山口組はそのうちのひとつでしかなかった。

 それでも『おちょやん』は創成期の山口組を理解する格好の参考書だ。

 山口組初代組長の山口春吉は淡路島生まれの漁師だった。神戸にやってきてから海運業に従事し、親方となって人夫供給業を始め、大正4年には40~50人を抱え山口組を名乗った。その後、新開地の劇場を経営していた神戸市議と接触し、当時、全盛期を迎えていた浪曲の興行にも進出した。

 劇中、千代と一平の鶴亀家庭劇(松竹新喜劇の前身・松竹家庭劇がモデル)が誕生した昭和3年、山口組は二代目・山口登が継いでいた。

 昭和7年、山口登はオープン予定の神戸中央卸売市場の利権を狙った。市場に運び込まれる野菜や魚の運搬人を独占しようと画策し、これに成功する。

 同時に浪曲興行利権の獲得に乗り出した。この時代、浪曲はヤクザを題材にした三尺物で、民衆に熱烈に支持されていた。三尺とは帯の長さを表わす。和装の帯は二重三重に巻くのが普通だが、賭場の手入れで警察に踏み込まれた際、帯を捕まれて取り押さえられるのを防ぐため、博徒は三尺(90cm)の短い帯を体の前で一重に巻いた。いざという時は、すぐに帯を解いて逃走するのだ。

 こうしたヤクザ劇が大流行したのは明治になってからだった。明治の庶民にとって、最大の関心事は日清・日露戦争である。ヤクザの滅私奉公や自己犠牲は、そのまま戦争に向かう兵隊を鼓舞する物語に置き換えられた。そのため当時は国家が三尺物を後押しし、ヤクザ物語は、現代の文科省推薦のような位置にあった。

 その後、山口登は浪曲の総元締めだった東京・浅草の興行師・浪花家金蔵を籠絡し、全国の興行権を独占した。神戸松竹劇場はもとより、その支配人を架け橋にして、大阪吉本興業にも食い込んだ。結果、山口組は興行の地方公演を牛耳り、興行暴力団に成長する。

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