当時の藤島部屋は、角界でも図抜けた稽古量で知られていた。そこにはやはり、「土俵の鬼」と呼ばれた初代若乃花の影響があったという。NHKのアナウンサーとして43年間大相撲中継を担当し、90歳の現在も東京相撲記者クラブ会友として国技館に足を運んでいる杉山邦博氏はこう言う。
「現役横綱時代の初代若乃花は、格下の力士を相手に100番以上の稽古をしていた。格下の力士に稽古をつけることを相撲用語で“あんま”と言います。体をほぐすという意味ですが、初代若乃花の場合はそれを1時間以上続け、その様子は“汗が出なくなるまで稽古する”と表現されました。花籠部屋から独立して二子山部屋を興してからも、厳しい指導で実弟の貴ノ花や後に横綱となる若三杉(二代目若乃花)、隆の里らを育て上げました。貴ノ花は、兄であり師匠である初代若乃花の教えを忠実に守り、厳しい指導で弟子たちを育てていきました」
稽古が厳しいだけに、おかみさんには様々な角度からの目配りが求められる。紀子さんはこう続ける。
「とりわけ食事には気を配りました。部屋を興してから5年くらいはちゃんこ番と一緒に自転車に乗って買い出しにも行きましたし、2人の子供たちが入門してからは、子供の食事を作る必要がなくなったので、できるだけ弟子たちと一緒にちゃんこを食べましたね。ちゃんこ場は会話が弾む。そこで若い子と話したり、様子を見ていたりすると部屋で何が起きているかは大体わかるんです。関取の食事から始まり、序ノ口の子供たちが食べ終わるまで座っている。常に私の目が光っているから、下の子が満足な食事ができないということはありませんでした。
本場所中は、午後1時から始まる中継で弟子たちの相撲を見て、勝敗を大学ノートに書いていく。彼らは国技館から帰ってくると挨拶に来るんですが、その時に“もっと攻めないとダメよ”とか“素晴らしい突き押しだったわね”と声を掛けてあげる。ちゃんと自分の相撲を見てくれているとわかると、やっぱり嬉しいみたいですね。一人ひとり性格が違うので、できるだけ合わせて話をしました。相撲部屋は大きな家庭です。そう考えて、弟子を育てていくしかありません。おかみさんの役割として、親方が厳し過ぎたら子供をかばってやることも大切だし、しつけもしないといけない。稽古だけでは強い力士はできないと思います」
そうした“24時間体制のケア”が失われつつあることもまた、角界に迫る静かな危機なのかもしれない。