採卵にかかる費用は50万~80万円
近年は晩婚化などに伴い、約5.5組に1組の夫婦が不妊検査や治療を受けたことがあるといわれる(国立社会保障・人口問題研究所「第15回出生動向基本調査」より)。
タイミング法、排卵誘発法、人工授精などと並び、不妊治療の一環として実施されているのが卵子凍結だ。医療法人オーク会の医師、船曳美也子さんが語る。
「未受精の卵子を採取して凍結保存する方法です。将来的にはその卵子とパートナーの精子を顕微授精(※細いガラス針の先端に精子を入れ、卵子に顕微鏡で確認しながら直接注入する方法)させ、できた受精卵を子宮に戻して着床・妊娠に至ります」
卵子凍結には、がん治療などを始める前に、将来の妊娠を見据えて行う「医学的適応」と、加齢などによって妊娠や出産の可能性が大きく下がることを回避するため、若いときの卵子を温存する「社会的適応」がある。
「自分の望むタイミングでの妊娠が期待できることから、近年は社会的適応として30代~40才前後で卵子凍結する女性が増えています。なお日本生殖医学会のガイドラインでは、39才までに卵子を凍結して44才までに顕微授精することを推奨しています」(船曳さん)
忘れてはならないのは、卵子も加齢とともに老化することだ。出生時、約200万個ある卵子は初潮を迎える思春期までに20万~30万個に減少する。その後も加齢とともに数が減り、質が低下し、妊娠する能力が衰えていく。会社員の飯田理央さん(仮名・37才)は昨年、卵子凍結に踏み切った。
「私は家族がすごく仲よく、自分に子供がいない未来が想像できませんでした。でも、『いつか』『3年後までには』と思っているうちに、責任ある仕事を任されるようになり、気づけば、『いまは産めない』『いまは休めない』という状況になった。現在は、結婚したい相手もいません。
35才になってから自分の出産リミットを気にするようになり、友人からすすめられて卵子凍結を決断しました。実際に凍結すると安心感が生まれて、それまでは耳を閉ざしていた同世代の友人の出産や育児話を穏やかな気持ちで聞くことができました。まだキャリアを積み上げたい自分にとって、卵子凍結はブランドのバッグやシューズよりも心が落ち着く保険のようなものなんです」
そう話す飯田さんのように、社会的適応として卵子凍結を望む多くの女性が妊娠と天秤にかけるのが仕事である。
女性の社会進出が進んだとはいえ、いまでも女性が妊娠、出産すると、出世コースから外れたり、望む仕事を任せられなくなるケースが少なくない。特に30?40才の女性は脂がのってポジションを手にし、まだ上が目指せる時期でもあるので仕事が楽しく、妊娠や出産に踏み切れない。その間にも「リミット」は刻々と迫り、仕事と子供の狭間で悩みを抱えるケースが多いのだ。そんな女性たちにとって、卵子凍結はひとつの希望でもある。
「卵子凍結をすれば、加齢に伴う卵子の老化を防ぐことができるし、何よりキャリアを中断しなくて済む。精神的なゆとりが生まれて、将来設計が立てやすくなるメリットもあります」(船曳さん)