いなくなった父のことを書いた小説が文芸誌の新人賞の最終選考に残り、編集者から次の作品を書くことをすすめられた珠絵は、陣内と会うことで「続きの物語を書けるかもしれない」と考えている。
有吉さん自身は、父と再会したときすでにデビューしていたし、新人賞に応募した経験もないが、二人で会っているとき、自分たち父娘の関係が、小説になりそうだと感じていたという。
「おたがい、どうしていいかわからなくて、すごくぎくしゃくしていました。ずっと会ってなかったから、相手を失望させたくないという気持ちも強かったんでしょうね。それでも何度か会ううちに、だんだん本当の自分が出てくるようになって、これって面白い関係だな、小説になるんじゃないかな、と思っていました」
タイトルの「ルコネサンス」はフランス語で、「再認」「偵察」「踏査」などの意味がある。それぞれの訳語が章題に採られ、距離が縮まったり、誤解から再び遠ざかったり、その都度、変化して形の定まらない、娘と父との関係を表している。
「『ルコネサンス』というのは本を読んでいて知った言葉で、『知らないでつきあっていたけど、あなたでしたか』というような文脈で使われていたんですね。調べてみると、いろいろな意味があって、これはいいなと、早い段階で小説のタイトルに決めていました」
再び出会った父と、娘は関係を結びなおす。この小説を書いている時間は、有吉さんにとって、どういうものだったのだろう。
「楽しかったです。もちろん、たくさん苦労はしましたけど、せりふやシチュエーションを書きながら、たとえば父に会っていたとき、料理を前に感じていたことが形になっていく感覚がありましたね。小説という嘘を書きながら、自分の本当の気持ちがわかってくるみたいな。小説を書くときはいつもそうですけど、自分にはできないことも主人公にはやらせることができるので、それも面白かったです」
私の中にあった疑問の答えを父の言葉に見つけた気がした
神彰については、2004年に伝記(大島幹雄著『虚業成れり 「呼び屋」神彰の生涯』/岩波書店)も出ている。有吉さんも本の取材に協力しているが、知らなかったこともずいぶんあり、執筆の参考になったそうだ。
「どこからともなく情報は集まってきて、父のイメージはなんとなくですが持っていたかもしれません。小説を書くときには資料も読みましたが、書いているうちにどこまで自分が知っていたか、どこまでが本当にあったことで、どこからが自分の創作か、自分でもわからなくなってしまいました」
父と母はなぜ離婚し、なぜ父は戻らなかったのか。ずっと父に聞きたかったことを、有吉さんは結局、聞かなかった。
「『どうでもいいや』って気持ちになったんです。父は次に何をするかわからないところがある面白い人で、母はこの人のことが好きだったろうな、とわかったから、それでよくなってしまった。
小説にも書きましたけど、『どうしてドン・コザック合唱団を呼んだの?』ってなにげなく聞いたとき、『みんなに聴かせてあげたいなあと思った』と父が言ったんですね。その瞬間、『この人は、私の父だ!』って感嘆符がはじけたんです。『なぜ自分はものを書いているんだろう?』という私の中にあった疑問の答えを見つけたような気がしました」