ライフ

【逆説の日本史】加藤高明と山県有朋が「共闘」を拒む原因となった「感情のすれ違い」

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第十三話「大日本帝国の確立VIII」、「常任理事国・大日本帝国 その8」をお届けする(第1412回)。

 * * *
 対華二十一箇条要求、とくに第五号は中国が受け入れるはずも無く、逆にこの要求を突きつけることは日本の評判を下落させ、英米には日本は中国への領土的野心を持っていると強く警戒させることになる。このことは冷静に事態を判断できる人間なら、わかっていたことだった。

 われわれは歴史を結果から見る。だから「後知恵」で「こうすればよかったのに」などと言い、それで自分は過去の人間より優れているという優越感に浸りがちだ。たとえば、「今川義元はもっと偵察隊を出しておけばよかったのだ。そうしておけば織田信長の奇襲は成功しなかった。私ならそうする」などという類いの主張である。こんな歴史の見方は正しくないどころか、有害であることはすでに述べた。われわれは後世の人間だからすべてのデータを知っているが、今川義元はそうでは無かった。そのことを計算に入れずに義元を批判するのは不公平である。

 では、この場合もそうなのか。この場合とは「対華二十一箇条要求などというバカなことはせずに膠州湾(青島)を無条件で中国に返還し、袁世凱政権と友好関係を築いて中国との利権問題を解決し、併せて貿易を盛んにする」ということだ。これは「後知恵」では無い。陸軍全体や新聞、そして国民は「十万の英霊」の「死を無駄にしないため」にそうした理性的判断とはまったく反対の態度を取っていたが、これまで述べてきたように外交官としての経験が深い当時の外相加藤高明も、ほかならぬ「陸軍の法王」である「古兵」山県有朋も、「そんなことをすべきでは無い」などと考えていたのである。

 にもかかわらず、前回の最後に述べたように加藤は山県を「使って」陸軍を抑えようとせず、その結果陸軍の強硬な要求を自らの手で中国に突きつける羽目になってしまった。なぜ加藤は山県という「切り札」を切らなかったのか? 考えれば考えるほど不思議ではないか。

 この問題を解くカギは、じつは当時の首相であり、結果的にはこの対華二十一箇条要求の最終責任者となった大隈重信にある。前に述べたように、首相大隈重信は外相加藤高明に全幅の信頼を置き、この件についてすべてを任せていた。もちろん大隈も山県同様「維新の生き残り」である。対華二十一箇条、とくに第五号が「通るはずの無い要求」であることは判断できたはずだ。それなのになぜ加藤の行動を黙認し、山県の力を使って陸軍の横車を阻止しようとしなかったのか?

 じつは、このところが歴史の妙味というか政治の奥深さ複雑さである。評伝『大隈重信 「巨人」が築いたもの』(中公新書)の著者伊藤之雄は、対華二十一箇条について述べた章(第21章)の表題を「加藤高明しかいない」としている。どういう意味か? 「大隈にとって、イギリス風の政党政治を実現するという夢の継承者は、加藤ぐらいしかいなかった」(引用前掲書)ということだ。

関連キーワード

関連記事

トピックス

元交際相手の白井秀征容疑者(本人SNS)のストーカーに悩まされていた岡崎彩咲陽さん(親族提供)
《川崎・ストーカー殺人》「悔しくて寝られない夜が何度も…」岡崎彩咲陽さんの兄弟が被告の厳罰求める“追悼ライブ”に500人が集結、兄は「俺の自慢の妹だな!愛してる」と涙
NEWSポストセブン
グラドルから本格派女優を目指す西本ヒカル
【ニコラス・ケイジと共演も】「目標は二階堂ふみ、沢尻エリカ」グラドルから本格派女優を目指す西本ヒカルの「すべてをさらけ出す覚悟」
週刊ポスト
阪神・藤川球児監督と、ヘッドコーチに就任した和田豊・元監督(時事通信フォト)
阪神・藤川球児監督 和田豊・元監督が「18歳年上のヘッドコーチ」就任の思惑と不安 几帳面さ、忠実さに評価の声も「何かあった時に責任を取る身代わりでは」の指摘も
NEWSポストセブン
大谷翔平と真美子さん(時事通信フォト)
《ハワイで白黒ペアルック》「大谷翔平さんですか?」に真美子さんは“余裕の対応”…ファンが投稿した「ファミリーの仲睦まじい姿」
NEWSポストセブン
赤穂市民病院が公式に「医療過誤」だと認めている手術は一件のみ(写真/イメージマート)
「階段に突き落とされた」「試験の邪魔をされた」 漫画『脳外科医 竹田くん』のモデルになった赤穂市民病院医療過誤騒動に関係した執刀医と上司の医師の間で繰り広げられた“泥沼告訴合戦”
NEWSポストセブン
被害を受けたジュフリー氏、エプスタイン元被告(時事通信フォト、司法省(DOJ)より)
《女性の体に「ロリータ」の書き込み…》10代少女ら被害に…アメリカ史上最も“闇深い”人身売買事件、新たな写真が公開「手首に何かを巻きつける」「不気味に笑う男」【エプスタイン事件】
NEWSポストセブン
2025年はMLBのワールドシリーズで優勝。WBCでも優勝して、真の“世界一”を目指す(写真/AFLO)
《WBCで大谷翔平の二刀流の可能性は?》元祖WBC戦士・宮本慎也氏が展望「球数を制限しつつマウンドに立ってくれる」、連覇の可能性は50%
女性セブン
「名球会ONK座談会」の印象的なやりとりを振り返る
〈2025年追悼・長嶋茂雄さん 〉「ONK(王・長嶋・金田)座談会」を再録 日本中を明るく照らした“ミスターの言葉”、監督就任中も本音を隠さなかった「野球への熱い想い」
週刊ポスト
12月3日期間限定のスケートパークでオープニングセレモニーに登場した本田望結
《むっちりサンタ姿で登場》10キロ減量を報告した本田望結、ピッタリ衣装を着用した後にクリスマスディナーを“絶景レストラン”で堪能
NEWSポストセブン
訃報が報じられた、“ジャンボ尾崎”こと尾崎将司さん(時事通信フォト)
笹生優花、原英莉花らを育てたジャンボ尾崎さんが語っていた“成長の鉄則” 「最終目的が大きいほどいいわけでもない」
NEWSポストセブン
日高氏が「未成年女性アイドルを深夜に自宅呼び出し」していたことがわかった
《本誌スクープで年内活動辞退》「未成年アイドルを深夜自宅呼び出し」SKY-HIは「猛省しております」と回答していた【各テレビ局も検証を求める声】
NEWSポストセブン
訃報が報じられた、“ジャンボ尾崎”こと尾崎将司さん
亡くなったジャンボ尾崎さんが生前語っていた“人生最後に見たい景色” 「オレのことはもういいんだよ…」
NEWSポストセブン