川島なお美さんのお通夜にて(2015年10月)
「ここまでするのか」鎧塚氏が見た“女優・川島”
でも、一番思い出すのは、彼女が旅立つ最期の10日ほどの日々です。女房は腹水がたまり、お腹が妊婦のように膨らむようになってしまい、それでも舞台に立ち続けていました。僕が「降板したほうがいい」と勧めても、「しない」と。絶対に首を縦に振りませんでした。これはもう応援するしかない、という気持ちに変わりました。腹水を抜きながら舞台に立ち続ける女房を見て、「ここまでするのか、すごいな」と。身震いするような感動と尊敬の念をいだきました。最期の最後まで、“女優・川島なお美”をみなさんに強く示したかったのでしょう。
女房は闘病記を書いていて、書けなくなってから亡くなるまでは僕が書き継いで、『カーテンコール』(新潮社)という本にしました。僕は女房が亡くなってすぐ、不眠不休で24時間ぐらいで書き上げたんです。覚えているうちに書いて、しっかりと送り出してあげたいな、と強く思っていたから、泣きながら……。
がんの闘病って10人いれば10通り。「果たして僕らの選択は正しかったのか」と、今でもつい考えそうになりますが、「とにかく精一杯やったんだ」と、考えるようにしています。本当に、重篤化してからはあっという間でした。女房ががんと判明したとき、下の世話をすることも覚悟していましたが、そうはならず、最後までドラマのように女房らしい見事な散り方でした。
女房が亡くなってからは、周りの人に「いつまでも女房、女房と言ってちゃダメだ、新しい人を探せ」とよく言われます。初七日法要の日、僕の大先輩で、女房とも仲が良かった方からも「新しい恋を探しなさい」と言われました。それは女房への裏切りでも何でもなくて、先輩が僕を思ってくれての言葉だと思います。
僕自身も、新しい出会いを拒絶しているわけではありません。世間では僕が女房一筋だと考え、もし新しい女性との交際報道が出たりしたら「裏切りだ!」と感じる人もいるかもしれない。最近は、ある出来事を境に、人気者でさえ世間から真っ逆さまにたたき落とされるようなことも多く、僕もそんなふうになるのかもと不安になることはあります。
僕は女房との思い出を今も大切に思い、ファンの方々にもたまには思い出していただきたい、その機会を作るのはダンナだった僕の務めだ、と思ってはいます。だけれど、そのことと、僕自身が新しい人との出会いを拒むこととは別のことだと思っています。
でも、今、新しいパートナーはいませんよ。恋をしたい、とは思っていますけどね。
【後編につづく】
取材・文/中野裕子 撮影/岩松喜平
