ライフ

【著者に訊け】木内昇・著『櫛挽道守』 名もなき人の姿描く

【著者に訊け】木内昇氏/『櫛挽道守』/集英社/1680円

〈見て覚える〉と、言うは易い。まして〈登瀬〉は、当代一の櫛職人〈吾助〉の技を、縁談を反故にしてまで物言わぬ父の背中に学ぶ、うぶで健気な娘だった。

 時は幕末。開国か攘夷かで国中が揺れる中、木曽・藪原宿で黙々と櫛を挽く父と娘の姿を、木内昇氏の最新刊『櫛挽道守』は描く。蒔絵櫛や塗櫛と違って飾り気はないが、無数に挽いた精緻な歯が髪を輝かせると評判の梳櫛は〈お六櫛〉と呼ばれ、山東京伝『於六櫛木曽仇討』に描かれるなど、江戸にも名を馳せていた。

 が、女には女の生き方が強いられた時代、女の身で職人を志す登瀬や、それを許す吾助には、家の者さえ眉を顰めた。それでもそうとしか生きられない父娘の一途な情熱を巡る、悲しくも美しい家族小説である。

 舞台は櫛を挽く音だけが響く静謐な〈板ノ間〉。が、ひとたび表へ出れば時代は江戸から明治へと音を立てて動きだしており、その静と動の対比が見事だ。木内氏はこう語る。

「街道筋だからでしょうね。藪原は中山道のほぼ半ばにあって、かつては人や物が盛んに往来した宿場町。一方では東海道を通れない人が通る裏街道の趣もあり、そういう土地の人々がどう時代の空気を感じていたか、私は物語空間を形作る音や匂いと同様、興味がある。旅人の噂に京や江戸の情勢を聞いたり、皇女和宮御降嫁の一行が藪原に泊ることになって町が大騒ぎになる中、板ノ間でじっと作業に勤しむ一家もいただろうと。

 そのどこに視点を据えるかで見え方が違うのが歴史の面白さで、私は表舞台の英雄を奇を衒って書くより、史実や史料には極力素直に接しつつ、地べたに生きた名もなき人々の姿を描くことに魅力を感じるんです」

 仕事以外は無頓着な長女と、良くも悪くも女の繊細さをもった妹〈喜和〉。さらに母親らしい横暴さで家に君臨する〈松枝〉との確執などは現代さながらだが、それなりに調和もとれていた〈家の拍子〉は跡を継ぐはずだった弟〈直助〉の死によって脆くも崩れていく。

「死んだ弟の話ばかりする松枝に、喜和は愛されたいあまり反発し、そのくせ母が教えた女の幸せに縛られているのが切ないですよね。母親って自分の考えを押しつけてくる勝手なところがあるし、家族自体が閉ざされた空間とも言えます。たぶん登瀬は今だったら家を出ると思う。でも女は親が決めた先に嫁ぐか婿を取るしかない時代だから、家に縛られる閉塞感がより鮮明な形で書けるんです」

 維新後の根津遊廓を舞台にした直木賞受賞作『漂砂のうたう』は秋葉原無差別殺傷事件から着想し、ニュースを見ている時に構想が浮かぶことも多いという。

「なぜ青年は凶行に走ったのかとか家族とは何かとか、現代にも通ずる心理や情景を、舞台を移すことでより純化した形で抽出できるのが、私は時代小説だと思う。中には『木内は一貫して現代小説を書いている』とおっしゃる方もいて、『懐かしい』でも『昔はよかった』でもなく、読んだ方の毎日にフィードバックできることがあればと思って、私は時代小説を書いています」

関連記事

トピックス

六代目山口組の司忍組長(時事通信フォト)と稲川会の内堀和也会長
六代目山口組が住吉会最高幹部との盃を「突然中止」か…暴力団や警察関係者に緊張が走った竹内照明若頭の不可解な「2度の稲川会電撃訪問」
NEWSポストセブン
浅香光代さんと内縁の夫・世志凡太氏
《訃報》コメディアン・世志凡太さん逝去、音楽プロデューサーとして「フィンガー5」を世に送り出し…直近で明かしていた現在の生活「周囲は“浅香光代さんの夫”と認識しています」
NEWSポストセブン
警視庁赤坂署に入る大津陽一郎容疑者(共同通信)
《赤坂・ライブハウス刺傷で現役自衛官逮捕》「妻子を隠して被害女性と“不倫”」「別れたがトラブルない」“チャリ20キロ爆走男” 大津陽一郎容疑者の呆れた供述とあまりに高い計画性
NEWSポストセブン
無銭飲食を繰り返したとして逮捕された台湾出身のインフルエンサーペイ・チャン(34)(Instagramより)
《支払いの代わりに性的サービスを提案》米・美しすぎる台湾出身の“食い逃げ犯”、高級店で無銭飲食を繰り返す 「美食家インフルエンサー」の“手口”【1か月で5回の逮捕】
NEWSポストセブン
温泉モデルとして混浴温泉を推しているしずかちゃん(左はイメージ/Getty Images)
「自然の一部になれる」温泉モデル・しずかちゃんが“混浴温泉”を残すべく活動を続ける理由「最初はカップルや夫婦で行くことをオススメします」
NEWSポストセブン
宮城県栗原市でクマと戦い生き残った秋田犬「テツ」(左の写真はサンプルです)
《熊と戦った秋田犬の壮絶な闘い》「愛犬が背中からダラダラと流血…」飼い主が語る緊迫の瞬間「扉を開けるとクマが1秒でこちらに飛びかかってきた」
NEWSポストセブン
高市早苗総理の”台湾有事発言”をめぐり、日中関係が冷え込んでいる(時事通信フォト)
【中国人観光客減少への本音】「高市さんはもう少し言い方を考えて」vs.「正直このまま来なくていい」消えた訪日客に浅草の人々が賛否、着物レンタル業者は“売上2〜3割減”見込みも
NEWSポストセブン
全米の注目を集めたドジャース・山本由伸と、愛犬のカルロス(左/時事通信フォト、右/Instagramより)
《ハイブラ好きとのギャップ》山本由伸の母・由美さん思いな素顔…愛犬・カルロスを「シェルターで一緒に購入」 大阪時代は2人で庶民派焼肉へ…「イライラしている姿を見たことがない “純粋”な人柄とは
NEWSポストセブン
真美子さんの帰国予定は(時事通信フォト)
《年末か来春か…大谷翔平の帰国タイミング予測》真美子さんを日本で待つ「大切な存在」、WBCで久々の帰省の可能性も 
NEWSポストセブン
シェントーン寺院を訪問された天皇皇后両陛下の長女・愛子さま(2025年11月21日、撮影/横田紋子)
《ラオスご訪問で“お似合い”と絶賛の声》「すてきで何回もみちゃう」愛子さま、メンズライクなパンツスーツから一転 “定番色”ピンクの民族衣装をお召しに
NEWSポストセブン
インドネシア人のレインハルト・シナガ受刑者(グレーター・マンチェスター警察HPより)
「2年間で136人の被害者」「犯行中の映像が3TB押収」イギリス史上最悪の“レイプ犯”、 地獄の刑務所生活で暴力に遭い「本国送還」求める【殺人以外で異例の“終身刑”】
NEWSポストセブン
“マエケン”こと前田健太投手(Instagramより)
“関東球団は諦めた”去就が注目される前田健太投手が“心変わり”か…元女子アナ妻との「家族愛」と「活躍の機会」の狭間で
NEWSポストセブン