【著者に訊け】岡野雄一氏/『「ペコロスの母」に学ぶ ボケて幸せな生き方』小学館新書/700円+税
岡野雄一氏(64)の初新書『「ペコロスの母」に学ぶ ボケて幸せな生き方』。ちなみに幸せの前に「も」は入らない。「ボケて幸せ」と「ボケても幸せ」では、一字違うだけで大違いだ。
岡野氏といえば、昨年、森崎東監督で映画化もされた『ペコロスの母に会いに行く』(2012年刊)で知られる。元々は当時編集長を務めていた地元長崎のタウン誌に、身辺雑記の延長で掲載していた8コマ漫画を自費出版。認知症の母・光江さんと、自らの頭部を小タマネギに準える息子のほのぼのした日常は共感を呼び、西日本新聞社で再刊されるや20万部のベストセラーとなった。
そして今年8月、戦前戦後を生き、苦労も多かった91年の生涯を、光江さんは〈多幸感〉に包まれ、〈ほどける〉ように閉じたという。作中にもこんな場面がある。〈なあユウイチ〉〈私がボケたけん父ちゃんが現われたとならボケるとも悪か事ばかりじゃなかかもしれん〉
「実は母が死んで、今日で100日目なんです。何だかバタバタしていて、あっという間でしたけど……」
長崎は坂の町。長崎湾を望む山の中腹に岡野家もあり、坂を下って港に出ると対岸にある三菱重工の造船所が、父〈さとる〉(漫画では平仮名)の職場だった。一方、天草の子沢山な農家の長女に生まれ、子守りと野良仕事に明け暮れてきた〈みつえ〉が、父に嫁いだのは戦後間もない頃。長崎に原爆が落ち、さらに終戦の翌年、妻子を流行り病で失くした父を心配し、周囲が勧めた再婚話だった。
「母は素直に喜んだみたいですけどね。長崎で勤め人の奥さんになれば、少なくとも野良仕事からは解放されると思ったんでしょう。ところが父は神経症に悩まされ、酒や短歌や暴力に逃げる弱い人でもあった。漫画にも父に殴られた母が僕と弟を連れて天草行きの船が出てしまった夜の埠頭で佇むシーンがありますが、〈ゆーいちつよし、生きとこうで〉と言った母のただならない表情を憶えている。
そのくせ母はボケて以来、死んだはずの父とよく会っていて、それも酒をやめてからの好々爺の親父が訪ねてくるみたいなんですね。それこそ〈認知症は多幸症でもある〉という考え方を僕は巻末で対談した元NHKの町永俊雄さんに教わったんですが、天草の少女時代や給料日に親父の好きな酒や刺身を用意して帰りを待った新婚時代など、幸せで楽しい記憶だけが濾過されて残ってる感じでした」