たいへん味わい深い読み物であるとともに、実用性が高いことも見逃せない。すべて実際に葬儀の席などで朗読された本物の弔辞のため、いざ自分が弔辞を詠むことになったときの絶好の参考書になっている。
例えば、武田泰淳が三島由紀夫に送った弔辞の〈疾走する長距離ランナーの孤独な肉体と精神が蹴たてていった土埃、その息づかいが、私たちの頭上に舞い上り、そして舞い下りています〉から「故人をイメージした上手な比喩の使い方」を、黒柳徹子が森光子に送った弔辞の〈気がついたら、私は森さんが首に巻いてる薄いスカーフを下駄で踏んで持ち上げたので、森さんの首がしまってたんです〉から「本人しか知らないエピソードの重要性」をわかりやすく説明。多くの人の胸を打ち、故人の思い出を呼び起こす弔辞を作るにはどうすればいいのか。読み進めていくうちに、弔辞に必要なポイントや文章の組み立て方が自然と頭に入ってくる。
エッセイや詩による追悼文を集めた最終章では、最後に『君は天然色』(松本隆)と『ひこうき雲』(荒井由実)という歌詞も入っているのが目を引く。〈同じく人の死を悼む言葉なのだが、弔辞とちがって幅広い受け取り方ができるのが歌の良さだ〉と著者は書いている。大滝詠一に頼まれて『君は天然色』を書いたとき、松本隆は妹を失った直後だったらしい。この歌に登場する女性は「別れた恋人」であると同時に、「最愛の妹」でもあったことを知って目からウロコが落ちた。
世の中には、決して読み飛ばすことができない重みを持った言葉がある。一回読むだけで終わりにせず、大切に保管し、折に触れて繰り返し手に取りたくなる一冊だ。
※女性セブン2016年10月27日号