そんな神場に地元の老女〈千羽鶴〉が言う。〈人生はお天気とおんなじ〉〈ずっと晴れとっても、人生はようないんよ〉と。そして彼は思うのだ。〈どうしたら鶴のように、わが身に起こった不幸を、自然に擬(なぞら)えて割り切ることができるのか〉と。
「私自身、世の中で起きるどんな出来事も、それ自体に意味はないと思っていて、例えばコップが割れて悲しむか、新しいコップが買えると思うかは、その人次第。そうわかってて割り切れないのも、人間なんですけど」
そうした柚月作品を貫く静かな目は、自身、東日本大震災で両親を失った経験と関係があるのだろうか。
「どうでしょう。お遍路に行ったのはあくまで取材ですし、その初日に遭遇した台風が表題に繋がった。それを自然の猛威と思うか、恵みと思うかは人にもよるし、雨は何も語ってくれないんだなって……。それほどあの震災がまだ私の中では意味づけできていないということかもしれません」
やがて神場がたどりつく事件の真相や、緒方や今は亡き仲間との絆。妻子との関係や、彼自身の過去との決着にしても、何もかもが一件落着とはいかなかった。しかしそれが生きるということかもしれない。ちっぽけで弱く、それでも生きずにいられない、人間の物語である。
【プロフィール】ゆづき・ゆうこ/1968年岩手県生まれ。山形県在住。2007年「待ち人」で山新文学賞入選及び、やましん文芸年間賞天賞。2008年『臨床真理』で第7回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。2013年には『検事の本懐』で第15回大藪春彦賞、2016年『孤狼の血』で第69回日本推理作家協会賞を受賞するなど、目下注目の俊英の1人。著書は他に『最後の証人』『検事の死命』『パレートの誤算』『ウツボカズラの甘い息』『あしたの君へ』等。
■構成/橋本紀子 ■撮影/国府田利光
※週刊ポスト2016年12月9日号