そんな中、昨夏は、約2週間にわたって、フィンランド、ベルギー、ポーランドの3か国を訪ねた。家族を伴っての公演ツアーだ。演目は「笠碁」。ご隠居さん同士が碁を打つうちに喧嘩になるが、ともに碁好きゆえ、仲直りするという噺だ。スライドで字幕を出す一方、一之輔は「碁とはチェスのようなもの」と解説して理解を促した。外国人は落語をどう受け止めたのか。
「若干ゆっくり目に喋ったり表情をわかりやすくしたんですけど、笑うツボも日本人とほとんど一緒でした。若い人のほうが反応がいいというのも一緒。他の国でも十分伝わるというのが実感でき、自信になりましたね。やっぱり、落語はすごいんだ、まだまだ大丈夫だな、と思いました」
過去のインタビューでしばしば「この先は、一家が飯さえ食えて、落語が続けられればそれでいい」と答えてきた一之輔に、「欲はないんですか」と尋ねてみた。
「いや、お金は欲しいし、女性にもてたいと思うし、欲はあるんです。でも、欲に対して、自分の身体を動かすことに無精なんですね。だから、自分で売り込むということはまずしないです。1日に1回か2回、寄席とかでお喋りができればいい。あとは、子供がちゃんと巣立ってくれればいいかな、と本当に思っているんです」
その発言の裏には、6年前の東日本大震災のときの記憶がひそむ。