◆そして彼女は現れた
女医は、日本絡みのある案件で、日本人会員の意見を問おうとしていた。ついでに日本人ジャーナリストの私にもメールしてみたわけだ。震える指で、私が長文メールを送り返すと、この事実が嘘ではないことを知らされる。翌日、彼女から、またメールが入る。
彼らはメンバーですが、まだ(自殺幇助の)日程は決まっていません。
日本にも、プライシック女医の幇助を望む患者たちがいる! 日本取材の合間に、突如、予想外の事態が発生した。日本人がなぜ、スイスに向かおうとしているのか。なぜ、安楽死でなければダメなのか。私が想像していた日本人の死生観が、この時、覆されつつあった。直ちに、取材に取りかからなくてはならない。私は、女医に、日本人会員を紹介してほしい旨を伝えた。
先走る興奮と焦りを一旦、落ち着かせ、私は、当初からの段取りに従い、日本取材を進めることにした。まずは、ある安楽死騒動の舞台となった京都に向かっていた。京都の田舎町から京都駅に向かう途中のことだった。突然、私の携帯に「非通知」の文字が光った。
「もしもし」。電話越しに呟く覇気のない話し声が患者だと気づくには、5秒もかからなかった。
「エリカ(・プライシック)先生から、宮下さんのことを聞きまして。宮下さんの記事も読んでいたので……」
その時、私は、彼女が何を求めているのか分からなかった。会って話をしたい訳でもなく、どこで何をしているという話でもない。私から一方的に話しかけ、とりあえず、携帯メールで連絡を取り合うことにした。それから1週間後、ようやく東日本のある都市で落ち合う約束を取りつけた。
レストランで、私が先に入店していると、5分後、黒髪を後ろで束ね、マスクを付けた小柄な女性がやって来た。私のことは、すぐに判別できたようだった。「茶色のマフラーを目印に」と、告げてあったからだ。