30代後半の川原美重子(仮名)は、席に座ると、私と目線を合わせては、すぐに膝元を眺め、テーブルに置いた細い10本の指を第二関節まで重ね合わせた。こちらから質問してくるのを待っているようだった。彼女の後方の3つのテーブルには、それぞれ2人組の女性客がお茶を楽しんでいた。
ライフサークルに登録したきっかけは何だったのでしょうか? 前置きのない、やや唐突な質問であることは、承知していた。だが、川原には、前置きなど必要なさそうだと、何となく思ったのだ。彼女は、私が思ったよりも大きな声で話し始めた。
「子供の頃から、毎日、死にたいと思ってきたんです。でも、自殺をすると他人に迷惑がかかるので、それだけは避けたくて」
川原が、ライフサークルに登録したのは2016年9月。オランダやベルギーでは、外国人が安楽死できないことを知り、スイスに辿り着いたのだという。赤く染まったハーブティーをマグカップに注ぎ、川原は、そっと啜る。現在は、「福祉関係の仕事」に就き、午前9時から6時間休憩なしで働き続ける。経済的に何とかやりくりしているが、家庭事情が彼女の悩みだった。
「シングルマザーで、息子は10歳、娘は8歳です。息子が発達障害で、自閉症と診断されています。バイト先で知り合った旦那とは、数年前に別れました。DVがひどかったんです」
離婚のきっかけは元夫が、「(当時)4、5歳ぐらいだった息子」の首を絞めたことだった。そして、その息子は、次第に登校拒否を示し、母親に対しても暴力をふるうようになった。
川原は、発達障害に関する書籍を数多く出版する著名な児童精神科医Aに相談するようになった。しかし、このことが彼女にとって、さらに死に対する願望を強めていくことになる。こともあろうに息子の治療中に、母親である川原本人が解離性障害という精神疾患だと診断されたのだ。
ある特定の場所や時期の記憶が失われていることで、まとまった自分自身の思考、記憶、感情といった感覚が分断された症状を指す。多くは、幼少期に起きたストレスやトラウマが影響する。