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2017.05.24 07:00  週刊ポスト

稀勢の里「仁義なき包囲網」は悲劇の短命・大乃国と似ている

 当時の包囲網の厳しさを証言するのは、八百長を仕組むフィクサー役である「中盆」を務めていた板井(本名・板井圭介氏)だ。

「大乃国への私の張り手がクリーンヒットし、“KO勝ち”のようなかたちになったことがある。それ以来、対戦前になると大乃国と手が合わない(折り合いが悪い)力士たちが“今日も一発お願いしますよ”とわざわざ支度部屋でいってきたこともあるくらいです」

 そんななかで勝ち抜くのは容易ではない。

 大乃国は1988年3月場所には13勝2敗で優勝し、1988年11月場所の千秋楽結びの一番では、当時53連勝中の千代の富士に土をつけるなど、ガチンコ横綱として見せ場を作ったものの、横綱として2度目の優勝は果たせないまま、1991年7月場所途中で引退に追い込まれた。

「当時、大乃国を苦しめたのは千代の富士、北勝海の九重部屋2横綱。その状況と、モンゴル3横綱に囲まれた今の稀勢の里の立場がどうにも重なって見える。先場所は昇進場所優勝でしたが、横綱として2度目の優勝はないままになるのでは……と心配になってしまう」(同前)

 1989年9月場所では、大乃国は14日目に対戦した千代の富士に負けて7勝7敗となり、千秋楽で北勝海に敗れ、15日開催となってから唯一の“負け越し横綱”になっている。

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