挑戦者は、元気な相撲が目立っている二十歳の貴景勝。気の強さがみなぎっている表情が実にいい。当たっていなし、引いては押し、徹底して距離を取る戦法。両者が動きを止めしばらくにらみ合った後に、白鵬の不思議なショーが始まった。

 肩を揺らし上半身の力を抜き、さあ来いよ、と言わんばかりに大きく胸を広げた。私は「えっ猪木?」と首をかしげてしまった。笑いすぎて「無理無理! もう勘弁して」と叫んだころ、貴景勝は白鵬の胸に吸い込まれていった。

 取組終了後、白鵬は「藤井四段におもしろいものを見せられてよかった」と語った。おもしろ相撲であったと、白鵬は自覚していた。若手の意外な抵抗に一時は熱くなったものの最後は冷静に寄り切ったのだから、万全な相撲であったと見ることもできるのだが、おもしろいにも程がある。

 力強い相撲で数々の記録を達成している白鵬だが、おそらく私が後年になって思い出すのはこの日の白鵬の姿だろう。あるいは二〇一五年十一月場所での、栃煌山への猫だましかもしれない。それは、白鵬が強すぎる証拠に他ならない。いつも強くて淡々と勝っているから、そうではない行動に「えっ?  なにやっちゃってるの横綱!」とおどろくと、忘れられなくなる。

 この日より鶴竜が休場し、嘉風の取組がなくなったことにはがっかりさせられた。翌週にも対局のある藤井四段。過密なスケジュールを割きせっかく本場所に足を運んでくれたこの日に、嘉風のキレッキレの、ヒステリックな相撲をお見せしたかった。嘉風の相撲には、すごみがある。覇気が青い炎となって立ちのぼっている。世の中にはおっかない人がいるものだと、強い思い出になったのでは。残念に思えてならない。

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