無慈悲な命令だが、国の指示を無視することはできない。上野動物園は翌17日以降、やむなく命令を実行していくことになる。ツキノワグマ、ライオン、トラ、チーター…。次々に毒殺されていく動物たち。使用された薬品は硝酸ストリキニーネ。わずか3gで体重300kgのヒグマを絶命させる猛毒である。

「餌に毒を混ぜて与えたのですが、実際には動物側が不審に感じ、餌を食べようとしないケースが頻発したようです。その場合はロープで首を締めたり、鈍器で殴打するなどして殺しました。いざ餌を食べても急死せず、血を吐きながらのたうち回り、苦悶の末に時間をかけて死んでいく動物も多かったといいます」(森院長)

 8月18日、ついにハチの番がやってきた。硝酸ストリキニーネを混ぜた餌を係員が置く。すると、他の動物と違い、ハチは疑いもせず口に入れたという。人間に愛され、人間を愛したハチである。目の前の餌が、自分を殺すためのものだとは微塵も思わなかったのだ。

 福田園長代理の自著『動物園物語』(駿河台書房)に、ハチの最後の描写がある。

〈豹は食べるとすぐ、顔をしかめ、口を曲げ、口の中の物を取ろうとでもするのか、前肢を口へ持って行くのです。が、急にごろりと横になり、目を時々閉じています。すると急に起きあがって歩き出しました。が、四肢の硬直がきて、ついに倒れてしまい、二度と立つことが出来なかった〉

 人間に拾われ、人間に育てられ、人間に命を救われたハチだったが、最後は信じ続けた人間に殺されたのだった。

「戦争は、いちばん弱いものへとしわ寄せが行きます。その象徴が猛獣の処分であり、ハチの死でした。戦場でのし烈な戦いの裏で、勝敗にかかわらず殺されていった弱者が存在したのです」(門田氏)

 上野動物園が殺処分を実施したことで、全国各地の動物園に同じ動きが波及し、前出の森院長によれば、少なくとも全国で150頭を超える猛獣が殺されたという。

「遺体は食肉用や皮革製品に利用され、一部は剥製になったものもあります」(森院長)

 理由は定かではないが、ハチもまた剥製にされ、上野動物園に保存された。

◆泣きながら話しかけ続ける元隊員

 1週間後、福田からの電報でハチの死を知った成岡の絶望は、計り知れぬものだった。

「ちょうどその8月、成岡小隊長は2か月の特別休暇を与えられ、高知に帰ってきていた。ハチは元気かと問うた返事が、死を告げるものだったのは、運命の皮肉としかいいようがない。帝都東京ならいちばん安全だと確信し、ハチを上野動物公園に預けたわけです。まさか動物園によって殺されるなんて、予想だにしていなかったでしょう。2か月後、隊に戻った彼からハチの死を聞かされた鯨部隊の隊員たちは、涙に暮れたといいます」(門田氏)

関連キーワード

関連記事

トピックス

女優・遠野なぎこ(45)の自宅マンションで身元不明の遺体が見つかってから2週間が経とうとしている(Instagram/ブログより)
《遠野なぎこ宅で遺体発見》“特殊清掃のリアル”を専門家が明かす 自宅はエアコンがついておらず、昼間は40℃近くに…「熱中症で死亡した場合は大変です」
NEWSポストセブン
俳優やMCなど幅広い活躍をみせる松下奈緒
《相葉雅紀がトイレに入っていたら“ゴンゴンゴン”…》松下奈緒、共演者たちが明かした意外な素顔 MC、俳優として幅広い活躍ぶり、174cmの高身長も“強み”に
NEWSポストセブン
和久井被告が法廷で“ブチギレ罵声”
【懲役15年】「ぶん殴ってでも返金させる」「そんなに刺した感触もなかった…」キャバクラ店経営女性をメッタ刺しにした和久井学被告、法廷で「後悔の念」見せず【新宿タワマン殺人・判決】
NEWSポストセブン
大谷と真美子さんの「冬のホーム」が観光地化の危機
《白パーカー私服姿とは異なり…》真美子さんが1年ぶりにレッドカーペット登場、注目される“ラグジュアリーなパンツドレス姿”【大谷翔平がオールスターゲーム出場】
NEWSポストセブン
初の海外公務を行う予定の愛子さま(写真/共同通信社 )
愛子さま、初の海外公務で11月にラオスへ、王室文化が浸透しているヨーロッパ諸国ではなく、アジアの内陸国が選ばれた理由 雅子さまにも通じる国際貢献への思い 
女性セブン
ロッカールームの写真が公開された(時事通信フォト)
「かわいらしいグミ」「透明の白いボックス」大谷翔平が公開したロッカールームに映り込んでいた“ふたつの異物”の正体
NEWSポストセブン
“マエケン”こと前田健太投手(Instagramより)
《ママとパパはあなたを支える…》前田健太投手、別々で暮らす元女子アナ妻は夫の地元で地上120メートルの絶景バックに「ラグジュアリーな誕生日会の夜」
NEWSポストセブン
グリーンの縞柄のワンピースをお召しになった紀子さま(7月3日撮影、時事通信フォト)
《佳子さまと同じブランドでは?》紀子さま、万博で着用された“縞柄ワンピ”に専門家は「ウエストの部分が…」別物だと指摘【軍地彩弓のファッションNEWS】
NEWSポストセブン
和久井学被告が抱えていた恐ろしいほどの“復讐心”
「プラトニックな関係ならいいよ」和久井被告(52)が告白したキャバクラ経営被害女性からの“返答” 月収20〜30万円、実家暮らしの被告人が「結婚を疑わなかった理由」【新宿タワマン殺人・公判】
NEWSポストセブン
山下市郎容疑者(41)はなぜ凶行に走ったのか。その背景には男の”暴力性”や”執着心”があった
「あいつは俺の推し。あんな女、ほかにはいない」山下市郎容疑者の被害者への“ガチ恋”が強烈な殺意に変わった背景〈キレ癖、暴力性、執着心〉【浜松市ガールズバー刺殺】
NEWSポストセブン
英国の大学に通う中国人の留学生が性的暴行の罪で有罪に
「意識が朦朧とした女性が『STOP(やめて)』と抵抗して…」陪審員が涙した“英国史上最悪のレイプ犯の証拠動画”の存在《中国人留学生被告に終身刑言い渡し》
NEWSポストセブン
橋本環奈と中川大志が結婚へ
《橋本環奈と中川大志が結婚へ》破局説流れるなかでのプロポーズに「涙のYES」 “3億円マンション”で育んだ居心地の良い暮らし
NEWSポストセブン