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2018.01.18 07:00  週刊ポスト

柏原芳恵、聖子や田原とトラック荷台に乗った過去を回顧

『ハロー・グッバイ』で飛躍した


「『ベストテン』ではコンサート終了後、新横浜駅の新幹線のホームで、仕事帰りのサラリーマンに“お疲れ様でした”とおしぼりを配りながら歌ったこともありましたね。当時は移動も大変でした。周りに気づかれないために車のトランクに入ったり、年末の音楽祭などで他の出演者との共演番組が重なってくると、聖子さんやトシちゃんたちと一緒にトラックの荷台に乗り込んだりしました」

 1983年1月発売の『春なのに』では、作詞・作曲の中島みゆきが歌唱法を授けてくれた。

「それまで私は、悲しい歌なら最初から最後まで悲しそうに歌っていた。でも、“すべての歌詞が悲しいわけではない”と教えてくれたんです。“春”は楽しい、“別れ”は悲しいというように、抑揚をつけるようになりました」

【プロフィール】かしわばら・よしえ/大阪府出身。1980年に歌手デビュー。1981年発売のシングル『ハロー・グッバイ』が大ヒットし、日本レコード大賞ゴールデン・アイドル賞を受賞。1982年には日本レコード大賞金賞を受賞し、1983年、『春なのに』で紅白歌合戦に初出場を果たす。現在も全国のコンサートやディナーショーなどに出演中。昨年、12年ぶりとなる写真集『YOSHIE MODE』(徳間書店)を発売し、変わらぬプロポーションを披露して話題となった。男性ヴォーカリストの名曲をカバーしたアルバム『encore』シリーズの第3弾『encore3 “七変化・響”』が発売中。4月には自ら作詞した曲だけを収録したミニアルバム『芳恵詩集』が発売予定。

撮影■荒木英仁

※週刊ポスト2018年1月26日号

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